グリコ・森永事件
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グリコ・森永事件(グリコ・もりながじけん)とは、1984年(昭和59年)と1985年(昭和60年)に日本の阪神間(大阪府・兵庫県)を舞台に食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件。
注釈
- ^ 山崎駅 - 神足駅(1995年に長岡京駅に改称)の間。
- ^ 捜査当局が犯人の声を一般市民に公開し、捜査への協力を呼びかけた事例は、本事件以前に吉展ちゃん誘拐殺人事件(1963年3月発生)、名古屋女子大生誘拐殺人事件(1980年12月発生)などがある[9]。
- ^ 廣田は古巣である京都府警の巡査を殺害して拳銃を奪い、その拳銃を持って大阪市内のサラ金に押し入って店員を射殺、現金を奪った[10]。
- ^ 正確には犯人が奪ったものとして、江崎邸より強奪された時価2500円相当の鍵5点(①江崎勝久邸家事室出入口鍵1点②表門の鍵1点③女中部屋の鍵2点④江崎勝久母邸勝手口1点)があった。
- ^ 特に144・430 MHz帯用ハンディ型アマチュア無線機に多く、受信回路の簡略化のため、VHF・UHF広帯域受信機を使用し(当然送信はできない)、アマチュア周波数帯以外に設定できないようにした構造になっていた。STANDARD、八重洲無線(現在はこの2社は合併している)のハンディ機では受信回路に簡単な工作をするだけでFM広帯域受信機となったほか、ALINCOの一部製品に至っては電源投入時に一定のパターンでボタン類を操作するだけで同様にアマチュア帯以外の受信が可能になった。ただし、受信する行為そのものは違法ではない。
- ^ 結果として当該事件による犠牲者(死者)は、焼身自殺した滋賀県警本部長(前述)のみである。
- ^ 実際に使用されたFT-208が問題になった後も、特に新たに規制がかけられるわけでもなく、後継機で144/430 MHzデュアルバンドの FT-729や、そのライバルとなったALINCO DJ-F52でも可能であった。
- ^ 非合法ギリギリの無線機改造法などを載せるため郵政省時代からたびたび監督省庁の頭痛の種になっていた。
- ^ ローカルセールス枠で放送されていたため、一部ネット局では森永製菓のスポンサードネット扱いではなく、ローカルスポンサーに差し替えられていた。その後1991年(平成3年)10月から放送された「キン肉マン キン肉星王位争奪編」でスポンサーに復帰。
- ^ この人物は、混入された毒物自体では死亡しなかったが、後に不可解な自殺を遂げている。
出典
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, p. 192.
- ^ 宝泉薫編『決定版一発屋大全』彩流社、2001年、13頁。ISBN 978-4882026181。
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, p. 24.
- ^ 一橋 2000, p. 61.
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, pp. 28–29.
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, pp. 46–47.
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, pp. 64–65.
- ^ a b c 『キツネ目 グリコ森永事件全真相』岩瀬達哉著 講談社
- ^ 『日本経済新聞』1984年10月12日東京朝刊31頁「グリコ・森永事件、脅迫テープを公開――若い女と子供の声、標準語使い朗読調」(日本経済新聞東京本社)
- ^ 日向野春総 1985, p. 286.
- ^ 『京都新聞』1984年9月5日夕刊第7版第一社会面13頁「短銃強奪射殺事件 凶行、また広田 服役中仕返し宣言 6年前事件逆恨み」「また揺らぐ信頼感 大阪府警も深刻」(京都新聞社) - 『京都新聞』縮刷版 1984年(昭和59年)9月号163頁。
- ^ 朝倉喬司 & 山崎哲 1985, pp. 166–167.
- ^ “グリコ森永事件の現場コンビニ移転 発生から36年”. 神戸新聞NEXT (神戸新聞社). (2020年2月11日) 2020年2月14日閲覧。
- ^ 森下香枝『グリコ・森永事件「最終報告」 真犯人』朝日新聞社、2007年
- ^ a b 森下 2007.
- ^ "未解決事件 グリコ・森永事件「目撃者たちの告白」". NHKスペシャル. 30 July 2011. NHK。
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- ^ 宮崎 & 大谷 2000, p. 146.
- ^ a b c d 『我、自殺者の名において : 戦後昭和の一〇四人』若一光司 徳間書店 1990 p225-227
- ^ 「グリコ・森永犯こんな顔」『中日新聞』1984年12月11日付夕刊
- ^ 一橋 2000, pp. 390–392.
- ^ 宮崎 & 大谷 2000, p. 30.
- ^ 藤森徹『あの会社はこうして潰れた』(初版)日本経済新聞出版社、2017年4月10日、54-59頁。ISBN 9784532263379。
- ^ 森下 2007, p. 181.
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- ^ 一橋 2000, pp. 113–117.
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- ^ 「週刊現代」1984年10月20日号、1985年2月2日号
- ^ 「週刊ポスト」1985年1月4日&11日合併号
- ^ 「ペントハウス」1985年3月号
- ^ 「週刊サンケイ」1984年11月8日号
- ^ 「サンデー毎日」1984年10月14日号
- ^ 「週刊読売」1985年4月21日号
- ^ 「週刊ポスト」1985年5月24日号
- ^ 宮崎 & 大谷 2000, pp. 166–179.
- ^ 一橋 2000, p. 184.
- ^ 宮崎 & 大谷 2000, p. 159.
- ^ 一橋 2000, p. 74.
- ^ 大阪府警捜査一課特殊犯元警部・松田大海「『キツネ目の男を追え!』 グリ森事件 『22年間の捜査員秘録』」『週刊新潮』2007年1月4日・11日合併号、pp.52-55
- ^ 「総力特集 拉致報道 小誌だけが知る 六つの核心 グリコ森永事件捜査線上に北朝鮮工作員グループ 警視庁極秘ファイル 戦慄スクープ」『週刊文春』2002年11月14日号
- ^ 「コラム かい人21面相は北朝鮮工作員!?」『別冊宝島Real007 未解決事件の謎を追う』宝島社、2001年、pp.74-75
- ^ 『別冊宝島1188 戦後未解決事件史』宝島社、2005年、pp.18-19
- ^ 一橋 2000, pp. 241–263.
- ^ 宮崎学『突破者 戦後史の蔭を駆け抜けた五〇年』南風社、1996年、363-366頁。ISBN 493106213X。
- ^ 森下香枝「グリコ・森永事件23年目の『真犯人』」『週刊朝日』2007年3月23日号、朝日新聞社
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, p. 304.
- ^ グリコ森永事件・かい人21面相作詞『河内音頭 グリコ事件終結宣言音頭』河内家菊水丸 - YouTube(河内家菊水丸公式YouTubeアカウントによるアップロード)
- ^ 『毎日新聞』1994年3月12日付大阪朝刊、31頁。
- ^ a b 『朝日新聞』1994年3月15日付朝刊、27頁。(大阪)
- ^ a b 【関西レジェンド伝】河内家菊水丸(3)「グリコ森永事件」で河内音頭 (2/2ページ)、SANSPO.COM、2019年8月27日 10:00。
- ^ a b 『朝日新聞』2000年2月8日付夕刊、31頁。
- ^ a b 『読売新聞』2000年2月10日付大阪夕刊、14頁。
- ^ 大石 始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC - 第19回:河内家菊水丸[前編]、CDJournal、掲載日:2015年8月7日。
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, pp. 299–302, 320–324, 325.
- ^ 「21面相子供もまねた」『毎日新聞』1985年1月13日付記事
- ^ 一橋 2000, pp. 175–176.
- ^ 朝日新聞大阪社会部 1985, p. 117.
- ^ グリコ・森永事件取材記者グループ『グリコ・森永事件中間報告』山手書房、1984年、99頁。ASIN B000J70U18。
- ^ 情報研究所 編『21面相の手記』データハウス、1985年、111頁。ISBN 4924442178。
- ^ “江崎グリコを恐喝未遂容疑、男を逮捕 怪人28号名乗る”. 朝日新聞. (2014年11月30日). オリジナルの2014年11月30日時点におけるアーカイブ。 2014年12月2日閲覧。
- ^ “グリコ恐喝:「怪人28号」名で脅迫文 容疑者を逮捕”. 毎日新聞. (2014年11月30日). オリジナルの2014年12月4日時点におけるアーカイブ。 2014年12月2日閲覧。
グリコ森永事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 05:39 UTC 版)
1984年12月8日発売の1985年1月号で、グリコ森永事件におけるハウス食品事件での11月14日の犯人逮捕失敗を報道。この件は警察とマスコミの間で結んだ報道協定により24日の間報道されておらず、噂の真相の報道が協定を解除させるきっかけとなった。警察庁は噂の真相発売の4日前から何回も掲載を取りやめるよう、編集長に申し入れを行ったが、聞き入れられなかった。 発売同日、警察は噂の真相社を家宅捜索。さらに17日には岡留編集長宅の捜索も行った。容疑は、東郷健が編集長を務め、噂の真相社が発売元となっていた同性愛雑誌『The Gay』の猥褻図画販売目的所持であった。「噂の眞相」側は、報道協定破りに対する警察側の報復だとみなしている。2006年現在『The Gay』の編集・発行は東郷が代表を務める市民団体「雑民の会」となっている。
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グリコ・森永事件
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1984年のグリコ・森永事件では3月18日に自宅で誘拐され、身代金として現金10億円と金塊100kgを要求される。現金10億円は日本国内限定の身代金としては過去最高金額と言われている。事件3日後の3月21日に監禁場所から自力で抜け出し、大阪貨物ターミナル駅構内で保護された。その後も6月26日まで犯人からのグリコへの脅迫に悩まされることになる。 自身の誘拐事件については犯人が検挙されず、1994年に時効が成立した。グリコ・森永事件のすべての事件も2000年までに時効が成立し、事件は結局未解決となった。 このグリコ森永事件の発生から30周年に当たる2014年、「怪人28号」なる人物名を名乗る男(年齢・氏名不詳)から、江崎宛に「あれから30年、お金も尽いてきた」などと書かれた脅迫状が送りつけられ、5000万円を要求する事件があった。男は恐喝未遂で2014年11月30日に逮捕されたが、グリコ森永事件との直接の関連については低いとされている。
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グリコ・森永事件
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「大同門 (焼肉屋)」の記事における「グリコ・森永事件」の解説
1984年6月2日には、摂津店(後に閉店)がグリコ・森永事件の「かい人21面相」により、取引場所に指定されたことがある。 詳細は「グリコ・森永事件#寝屋川アベック襲撃事件」を参照
※この「グリコ・森永事件」の解説は、「大同門 (焼肉屋)」の解説の一部です。
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