イオタ化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/23 11:19 UTC 版)
スラヴ語において、イオタ化 (英: iotation) とは子音が後続する音素の硬口蓋接近音/j/と接触して生じる口蓋化の形態の一つである。/j/はギリシャ文字の Ι(イオタ)と、それに由来する初期キリル文字の І で表される。イオタ化は前母音のみが関与する第一次口蓋化とは区別される現象であるが、引き起こす最終的な変化は類似している。
音変化
イオタ化は唇音(/m/, /b/ など)、歯音(/n/, /s/, /l/ など)、軟口蓋音(/k/, /ɡ/, /x/ など)のいずれかがイオタ化した母音、つまり硬口蓋接近音/j/が先頭にある母音と接触したときに発生する。それにより、子音は部分的か、もしくは完全に口蓋化される[1]。多くのスラヴ語でイオタ化した子音は軟子音と呼ばれ、イオタ化の過程は軟音化と呼ばれる。
イオタ化は子音の口蓋化を引き起こすため、前舌面は子音の調音中及び調音後には持ち上げられた状態にある。また、イオタ化した子音は硬口蓋音または歯茎硬口蓋音への完全な音変化をする場合もある。
下の表は現代のスラヴ語における典型的なイオタ化の結果をまとめたものである。
唇音 | 歯音/歯茎音 | 軟口蓋音/声門音 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
変化前 | 部分的な音変化 | 完全な音変化 | 変化前 | 部分的な音変化 | 完全な音変化 | 変化前 | 部分的な音変化 | 完全な音変化 |
p | pʲ | pj, pʎ | t | tʲ | c, tɕ, tʃ | k | kʲ | c, tɕ, tʃ |
b | bʲ | bj, bʎ | d | dʲ | ɟ, dʑ, dʒ | ɡ | ɡʲ | ɟ, dʑ, dʒ |
f | fʲ | fj, fʎ | s | sʲ | ɕ, ʃ | x | xʲ | ç, ɕ, ʃ |
v | vʲ | vj, vʎ | z | zʲ | ʑ, ʒ | ɣ | ɣʲ | ʝ, ʑ, ʒ |
m | mʲ | mj, mʎ, mɲ | n | nʲ | ɲ | h | hʲ | ç, ɕ |
l | lʲ | ʎ | ɦ | ɦʲ | ʝ, ʑ |
多くの研究者によれば、イオタ化はスラヴ祖語の話されていた時代である5世紀ごろに起こり始め、恐らくは各方言への分化までの数世紀に及んで続いたとされている。
下は初期段階におけるイオタ化の例である[1]。
正書法
イオタ化された母音
硬口蓋接近音/j/が、語頭にある母音の前、もしくは語中の2つの母音の間に挿入されることで/j/の直後の母音はイオタ化され、後者は部分的な二重母音を形成する[2]。イオタ化された母音として、例えば、リンゴを意味するロシア語の単語 яблоко (jabloko) はインド・ヨーロッパ祖語の語幹 *ābol- を含み、英単語のappleと同根語であるが、ロシア語の単語の語頭にイオタ化が見られる。イオタ化の結果、スラヴ語に固有な語根は、他の母音が先頭に立ちうるのに対し[e], [a]は先頭に立たず、[je],[ja]のみが先頭に立つようになった。
元来のキリル文字はスラヴ語のイオタ化された母音を表すために色々な種類の文字を使う複雑な方法を取っている。キリル文字にはイオタ化された母音を表す文字が存在する。しかし、それらは先行する子音を口蓋化するためだけに使用される場合がある。これは、母音のイオタ化と子音の口蓋化がしばしば混同される原因である。また、軟音記号(ь)と硬音記号(ъ)の2つの文字も母音のイオタ化を引き起こす。加えてьは先行する子音を口蓋化するので、2つの記号により口蓋化子音(軟子音)と非口蓋化子音(硬子音)のどちらもがイオタ化した母音の/j/と組になることができる。(かつてьとъはそれぞれ[i]と[u]の音価を表していた。2つの文字の厳密な使用法は言語によって異なる。)
表記におけるイオタ化された文字の使用は必ずしも音声学的なイオタ化の発生を意味しない。ほとんどの正書法でイオタ化された母音は子音に後続していても音声学的にはイオタ化されていないが、イオタ化された文字は母音や軟音・硬音記号の後、そして単独で用いられた場合にもイオタ化された発音を意味する。
イオタ化された文字は、初期キリル文字のIと母音の合字として構成される。
イオタ化されていない母音 | イオタ化された母音 | 備考 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
名称 | 字形 | 音価 | 名称 | 字形 | 音価 | |
A | А | /a/ | Iotated A | Ꙗ | /ja/ | 現在はJa (Я)に置き換わった |
Est' | Є | /e/ | Iotated E | Ѥ | /je/ | 現在は用いられない |
Uk | Оу | /u/ | Iotated uk | Ю | /ju/ | Ukは U (У)の古形 |
Little Jus | Ѧ | /ẽ/ | Iotated little yus | Ѩ | /jẽ/ | 現在は用いられない |
Big Jus | Ѫ | /õ/ | Iotated big yus | Ѭ | /jõ/ | 現在は用いられない |
古い碑文では他のイオタ化された文字も見つかっているが、通常の文字体系には含まれない。
同じイオタ化の機能を持つ文字も存在するが、字形が前述の合字と同様に作られているわけではない。
イオタ化されていない母音 | イオタ化された母音 | 備考 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
名称 | 字形 | 音価 | 名称 | 字形 | 音価 | |
A | Аа | /a/ | Ja | Яя | /ja/ | 東スラヴ語群の文字体系では一般的 |
E | Ээ | /e/ | Je | Ее | /je/ | ロシア語とベラルーシ語で用いられる |
E | Ее | Je | Єє | ウクライナ語で用いられる | ||
I | Іi | /i/ | Ji | Її | /ji/ | ウクライナ語で用いられる |
O | Оо | /o/ | Jo | Ёё | /jo/ | ベラルーシ語とロシア語で用いられ、ウクライナ語では"Йо" という二文字の組が代わりに用いられる |
U | Уу | /u/ | Ju | Юю | /ju/ | 東スラヴ語群の文字体系では一般的 |
イオタ化された子音
以下はセルビア語及びマケドニア語におけるイオタ化された子音を表す文字である。
名称 | 字形 | 音価 |
---|---|---|
Lje | Љ љ | */lʲ/→/ʎ/ |
Nje | Њ њ | */nʲ/→/ɲ/ |
Tje | Ћ ћ | */tʲ/→/tɕ/ |
Dje | Ђ ђ | */dʲ/→/dʑ/ |
Kje | Ќ ќ | */tʲ/→/c/ |
Gje | Ѓ ѓ | */dʲ/→/ɟ/ |
関連項目
出典
参考文献
- ^ a b Bethin 1998, p. 36.
- ^ “Йотация // Словарь литературных терминов. Т. 1. — 1925 (текст)”. Feb-web.ru. 2011年9月17日閲覧。
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