アブー=サイードとは? わかりやすく解説

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アブー・サイード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 02:33 UTC 版)

アブー・サイード・ハン(アラビア語: ابو سعيد خانAbū Sa`īd Khān、1304年6月2日 - 1335年11月30日)は、イルハン朝の第9代君主(在位:1316年 - 1335年)。父は第8代君主のオルジェイトゥ。名はアル・スルターヌル・アーディルともいわれ、「正しいスルタン」を意味する。アブー・サイード・バハードゥル・ハン(ابو سعيد بهادر خان Abū Sa`īd Bahādur Khān)とも呼ばれる。漢語史料では不賽因と表記される。


  1. ^ 妹のサティ・ベクは1335年には生存しており、この時点でアルグンの子孫が完全に絶えたわけではない。後に傀儡のハンとして擁立されたムハンマドジャハーン・テムルらも、サイードと同じくフレグを祖とする。
  2. ^ アルパの即位後、バグダード・ハトゥンはサイード毒殺とウズベク・ハンへの内通の嫌疑をかけられ処刑された。
  3. ^ オイラト部族長クドカ・ベキ家の親族であったテンギズ・キュレゲンの孫チチェクの娘。
  4. ^ チョバンの息子ディマシュク・ホージャと、ケレイト王家の後裔であったイリンチンの娘タルサン・ハトゥンとの娘。イリンチンは、オン・ハンの孫サリジャ(フレグの筆頭正妃ドクズ・ハトゥンの兄弟)の息子。オルジェイトゥの第8正妃(ハトゥン)であったクトルグ=シャー・ハトゥンは彼女の姉妹。
  5. ^ ガザン・ハンの妃イディ・クルトカ・ハトゥンのオルドを彼女との繋がりから受け継いだという。
  6. ^ 『高貴系譜』によると、アブー・サイードは幼少のみぎり彼女を娶ったといい、オルジェイトゥの第3正妃であったウルトゥズミシュ・ハトゥン(またはイルトゥズミシュ・ハトゥン)のオルドを委ねられたという。
  7. ^ 『高貴系譜』(Mu`izz al-Ansāb)ではアブー・サイードの子孫として、女子を表す四角の枠がひとつだけアブー・サイードの枠の下へ続いている。そこでの説明書きでは「その母親はディルシャード・ハトゥンであった」とのみ書かれて名前は付されていない。


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アブー・サイード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/04 21:49 UTC 版)

イルハン朝」の記事における「アブー・サイード」の解説

1316年オルジェイトゥが死ぬと息子アブー・サイードが即位するが、新ハンはわずか12歳であったためスルドス部族チョパン宰相として実権握った1317年ラシードゥッディーン政敵タージェッディーン・アリー・シャーの政争ラシード失脚し翌年処刑された。 成人したアブー・サイードは、チョパンの娘バグダード・ハトゥン巡ってチョパン対立するようになり、1327年チョパン殺害し実権を自ら掌握するが、この内紛でイルハン朝軍事力大い衰えたジョチ・ウルスウズベク・ハン来襲する陣中で、ディルシャド・ハトゥン(フランス語版英語版)を寵愛するアブー・サイードは、1335年に子のなかったバグダード・ハトゥン暗殺された。フレグ王統断絶をもってイルハン朝滅亡とすることが多い。

※この「アブー・サイード」の解説は、「イルハン朝」の解説の一部です。
「アブー・サイード」を含む「イルハン朝」の記事については、「イルハン朝」の概要を参照ください。

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