お猿のかごやとは? わかりやすく解説

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お猿のかごや

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/10 20:22 UTC 版)

お猿のかごや』(おさるのかごや)は、山上武夫(1917年2月8日 - 1987年11月2日)作詞、海沼實(1909年1月31日 - 1971年6月13日)作曲による日本の童謡である。海沼にとっては出世作であり、山上にとっても初のヒット曲であった[1]。いかにも日本の土俗的な雰囲気の世界[2][3]が、威勢の良い掛け声の軽快なリズムに乗って楽しく歌い上げられる[2][4][3]。典型的なレコード童謡と言われる[4][5][注釈 1]


注釈

  1. ^ レコード童謡についてはレコード童謡節を参照のこと。
  2. ^ 初出のレコードでの表記は「オ猿ノカゴヤ」であった[16]
  3. ^ 歌詞はスペイン語で、曲名は「Nos Vamos A Pasear」。1962年に日本限定で発売されたLP『パンチョス日本を歌う -日本バンザイ-』(日本コロムビア、規格品番:YS-229)にも収録された。
  4. ^ その他『村まつり』、『証城寺の狸ばやし』、『汽車ポッポ』、『めんこい仔馬』、『夢のおそり』など比較的陽気な歌の人気が高かった[37]
  5. ^ サトウはさらに「私はこれを、子供のギッチョンチョンであり、オペレッツのパアであり、ストトンであり、ドンドンぶしであり、シカモソジャナイカネエアナタチョイとチョイとぶしだと思うのである」[44]と続けている
  6. ^ たとえば、童謡に関する薀蓄本でも、本歌を「箱根越えの歌である」と断じているものがある[49]。また、「箱根の山道を二匹の猿が登っていく光景が目に浮かぶ」とする評もある[50]。また、「お猿のかごやはどこの道を急いでいるのか。キーワードは「小田原提灯」ではないか。そう。箱根の坂道である。」という出だしで箱根旧街道の案内をしている書籍[51]もある。
  7. ^ 他に「小田原のうた」として紹介されているのは、『二宮金次郎』『みかんの花咲く丘』(国府津から熱海にかけてのみかん山がモデルになったとされる)、『あわて床屋』(モデルが小田原市内の床屋とされる)、『めだかの学校』(市内の荻窪用水がモデルとされる)の4曲である[53]

出典

  1. ^ a b c 竹内 (2009), pp. 152–153
  2. ^ a b c 高橋 (1988)
  3. ^ a b 渋谷 (1980), p. 88
  4. ^ a b c d 上 (2005), pp. 68–69
  5. ^ a b 佐々木 (2009)
  6. ^ a b 神津 (2004), p. 49
  7. ^ 神津 (2004), p. 50
  8. ^ a b c d e f 読売新聞文化部 (2003), pp. 22–25
  9. ^ a b c d “うた人抄 第8部 童謡編 13 お猿のかごや 二人三脚で夢を”. 読売新聞 神奈川 (読売新聞社): p. 2. (1995年11月23日)  - ヨミダス歴史館にて2016年09月23日閲覧。
  10. ^ a b 神津 (2004), p. 103
  11. ^ 神津 (2004), pp. 87–99
  12. ^ a b c d e f g h i j k 山上 (1977)
  13. ^ 神津 (2004), p. 125
  14. ^ 神津 (2004), p. 138
  15. ^ 山上武夫 (1985年12月21日). “来し方の記 11 大ヒット「お猿のかごや」”. 信濃毎日新聞 夕刊 (信濃毎日新聞社): p. 5 
  16. ^ a b お猿のかごや、池田小百合 なっとく童謡・唱歌 - 2019年3月10日閲覧。
  17. ^ 神津 (2004), p. 141
  18. ^ a b c 毎日新聞学芸部 (1993), pp. 156–158
  19. ^ a b c 郡 (2004), pp. 102–103
  20. ^ a b c d e 池田 (2003), pp. 44–49
  21. ^ a b c d 海沼 (2003), pp. 172–175
  22. ^ 山上 (1993), p. 176
  23. ^ “お猿のかごや 天下の難所、提灯揺れて(歩く 童謡の旅:3)”. 朝日新聞 夕刊 (朝日新聞社): p. 14. (2003年1月23日)  - 聞蔵Ⅱビジュアルにて2017年02月23日閲覧。
  24. ^ 「日本のうたふるさとのうた」全国実行委員会 (1991), p. 184
  25. ^ a b 櫻井 (2007), p. vii
  26. ^ 「かわいい おもちょい ナルちゃん言葉 浩宮さまの言葉はこんな風に変りました」『明星 増刊号』、集英社、1964年5月、140-141頁。 
  27. ^ 渡辺嘉久「高齢者の歌はどれほど知られているか? : 歌に関するアンケート調査より」『帝塚山大学心理福祉学部紀要』第4巻、帝塚山大学、2008年、123-137頁、ISSN 1349-7774NAID 1100066874332022年8月23日閲覧 
  28. ^ “心合わせて:阪神大震災17年 元気運べ 童謡「お猿のかごや」500人参加CD・DVDを被災地へ”. 毎日新聞 大阪夕刊 (毎日新聞社): p. 10. (2012年1月4日)  - G-Searchにて2017年01月06日閲覧。
  29. ^ 横山 (2011), pp. 102–104
  30. ^ a b 長野県商工会婦人部連合会 (1993), p. 96
  31. ^ 山上 (1993), p. 171
  32. ^ a b 神津 (2004), p. 138-139
  33. ^ a b c 見崎 (2002), pp. 264–268
  34. ^ a b 兎束 (1996)
  35. ^ a b c 小松、他 (2012)
  36. ^ a b 石田 (2003)
  37. ^ a b “「かあさんの歌」にアメリカ人女性が涙 音羽ゆりかご会コンサート”. 朝日新聞 夕刊 (朝日新聞社): p. 3. (1990年5月11日)  - 聞蔵Ⅱビジュアルにて2017年02月23日閲覧。
  38. ^ a b c d 小島 (2004), pp. 221–222
  39. ^ a b c d 上 (2005), p. 428
  40. ^ 畑中 (2007), pp. 279–280
  41. ^ 井手口 (2016)
  42. ^ 服部 (2002), pp. 100–101
  43. ^ 井手口 (2018), pp. 92–93
  44. ^ a b サトウ・ハチロー (1953年12月11日). “童謡復興 美しい心のこもったウタに”. 朝日新聞 朝刊 東京版 (朝日新聞社): p. 5  - 聞蔵Ⅱビジュアルにて2018年07月20日閲覧。
  45. ^ 小田原提灯-小田原提灯の歴史と沿革”. 小田原市地場産業振興協議会. 2017年3月13日閲覧。
  46. ^ a b 池田 (2006), p. 55
  47. ^ 『小田原市史 通史編 近世』 (1999), p. 498
  48. ^ 小田原ちょうちん保存会 (1977), pp. 164–166
  49. ^ 合田道人『童謡の謎 3 --こんなに深い意味だった--』祥伝社、2002年、197-209頁。ISBN 4396611714 
  50. ^ 奥村 (1994), p. 14
  51. ^ 『なつかしの童謡唱歌』北辰堂出版〈感傷旅行 5〉、2010年、25頁。ISBN 4864270082 
  52. ^ 小田原ちょうちん保存会 (1977), p. 227
  53. ^ a b 小田原市教育委員会社会教育課 (1989), pp. 64–65
  54. ^ “「いまどきの電話」(7) 市政情報をいつでも 利用者伸び悩みだが”. 読売新聞 東京 朝刊 第二部 (読売新聞社): p. N5. (1990年10月14日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧。
  55. ^ a b 「お猿のかごや」で発車 JR小田原駅で 11月から駅メロ導入へ”. カナロコ. 神奈川新聞社 (2014年9月26日). 2017年3月13日閲覧。
  56. ^ a b “駅メロに「お猿のかごや」 JR小田原駅、11月1日から”. 読売新聞 朝刊 神奈川版 (読売新聞社): p. 31. (2014年9月26日)  - ヨミダス歴史館にて2016年09月23日閲覧。
  57. ^ 第18回ODAWARAえっさホイおどり 開催要項” (PDF). えっさホイおどり公式ページ. ODAWARAえっさホイおどり実行委員会 (2016年5月27日). 2017年3月13日閲覧。
  58. ^ えっさホイおどり 開催要項, p. 7
  59. ^ 小田原市福祉健康部:健康づくり課 (2012年9月9日). “市民体操おだわら百彩”. 小田原市. 2017年3月13日閲覧。
  60. ^ 53° Zecchino d'Oro dal 16 al 20 Novembre 2010 LA SCIMMIA, LA VOLPE E LE SCARPE (Osaru no cagoya)” (イタリア語). Album dei ricordi. Zecchino d'Oro. 2017年3月18日閲覧。
  61. ^ 『全日本出版物総目録』国立国会図書館、1954年、376頁。NDLJP:2968764/197
  62. ^ “東京ミステリー 『ピヨピヨ』『カッコー』音響信号の変遷 街から消える『通りゃんせ』 利用者に惜しむ声も 次世代型に進化中”. 東京新聞 朝刊: p. 32. (2003年10月25日)  - G-Searchにて2017年01月06日閲覧。
  63. ^ 渡辺純子 (2016年10月7日). “横断歩道、減る「通りゃんせ」 音響信号「ピヨピヨ」化”. 朝日新聞 (朝日新聞社). http://www.asahi.com/articles/ASJ9N3VTNJ9NTIPE00Z.html 2017年3月13日閲覧。 
  64. ^ “「里山はいま」隣の動物たち(2) 住民一丸 サル防ぐ”. 読売新聞 朝刊 長野 (読売新聞社): p. 31. (2008年12月9日)  - ヨミダス歴史館にて閲覧。
  65. ^ 川島令三『全国鉄道事情大研究 大阪南部・和歌山篇』草思社、1993年、153-155頁。ISBN 4-7942-0516-3 
  66. ^ a b “教委職員ら執筆 差別あおる恐れある歌 衆院委で追及”. 朝日新聞 朝刊 東京版 (朝日新聞社): p. 2. (1979年2月22日)  - 聞蔵Ⅱビジュアルにて2016年08月19日閲覧。
  67. ^ “"差別ゲーム集"すでに絶版処分 文部省が事後処理報告”. 朝日新聞 朝刊 東京版: p. 2. (1979年3月2日)  - 聞蔵Ⅱビジュアルにて2016年08月19日閲覧。


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