〇でありかつ×である
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/14 16:58 UTC 版)
日本のウーマン・リブがもつ軽やかさしなやかさは田中だけによるものではないが、田中には、建て前(例えば社会正義)と本音(自分の欲望)の両方を矛盾をも取り込み逃げない思考(田中が言う「取り乱し」)がある。 「いやな男なんかに、もちろんお尻触られたくない。でも好きな男が触りたいと思うお尻は欲しい。これが「ここにいる女」というものだ」という田中から繰り返されるフレーズは、同じように「絶対的に悪いだけのものとか、良いだけのものとかは極めて少ないのではないか」(2014年6月21日たんぽぽ総会記念講演)「化粧が媚なら、素顔も媚だ、イヤリングしながら戦って何が悪い」「男からはかわいいと思われたい部分があるし、職場なんかでは女としてかわいいかどうかで云々されたくないしサ」のように、「〇か×か」ではない「〇でありかつ×」という考え方が見える。
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