YS-11 機体

YS-11

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/26 09:44 UTC 版)

機体

羽田空港T101格納庫で保管されているYS-11 JA8610。

機体の設計者たちは戦前に軍用機設計に携わってはいたが、旅客機の設計をしたことがない(それどころか乗ったこともない)者がほとんどであった。このため設計は軍用機の影響が強く、信頼性と耐久性に優れる反面、騒音と振動が大きく居住性が悪い、(後述する理由で)操縦者に対する負担が大きいという、民間旅客機でありながら軍用輸送機に近い性格の機体となってしまった。快適性・安全性・経済性が重視される民間機としては好ましくなく、運用開始した航空会社側からは、非常に扱いにくいという厳しい評価を受けた。

量産が開始されても現場では設計図通りに取り付けられず位置の変更が行われていたなど、初期には試作状態であった[24][7]

それでも日本の航空業界側は「日本の空は日本の翼で」という意識のもと、改修に改修を重ね、機体を実用水準に高めた。航空業界によって使える機体に育ったとも言える。やがて東亜国内航空では日本国外に輸出された機体を購入しなおすなど、YS-11に対する信頼性は大いに上がった。

機齢が50年を超えた機体も現れ始めたが、自衛隊では2020年現在も使用され続けている。航空大国アメリカでは「日本製の飛行機」、「ロールス・ロイス製エンジンを搭載した飛行機」、「ピードモント航空が使っていた飛行機」という形で知られている。

頑丈さと過大重量

YS-11の軍用機的性格が良い方に働いた例として、機体の頑丈さが挙げられる。航空先進国であった欧米では、民間輸送機開発に際してすでに耐用年数などを踏まえた合理的な機体設計を行うようになっていたが、YS-11は戦後日本で初の本格的旅客機であるため、安全率を過大なまでに確保していた。主翼については約19万飛行時間、胴体は約22万5千時間に相当する疲労強度試験を行っている。東京・調布市にある航空宇宙技術研究所(NAL, 現JAXA)では26か月にわたり大きな水槽の中に胴体を沈め、内圧の増減を繰り返す胴体強度試験を行った(コメット連続墜落事故の検証で使われたものと、ほぼ同じやり方である)が、9万時間までどこも損傷することはなかった(最終的に試験装置の方が損傷し、終了した)

しかしその頑丈さは重量増加という欠点にもなって跳ね返ってきた。近代旅客機の常道通りに総ジュラルミン製のモノコック構造であるが、強度重視で重量過大となり、出力の限られたエンジンに対しては重すぎる機体となった。元テストパイロットの沼口正彦は退役後のインタビューにおいて、「YS-11はパワー不足が目立った」とも語っている。YSの出力不足は、沼口に限らず多くのパイロットから指摘されている弱点である。全日空の機長としてYS-11に乗務したことがある内田幹樹はその著書『機長からアナウンス』で「最初はあまりのパワーのなさに驚いた」、「そのうえコクピットの居住環境も、寒すぎたり暑すぎたりとほんとうに最悪だった」、「飛行機マニアにいまでも人気が高いようだが、これはまったく理解できない」、「クラウン軽自動車のエンジンを乗せたような飛行機」、「パイロット仲間でもYS-11に愛着のある人をほとんど知らない」と酷評している[25]。また重量のためタイヤに負担がかかり頻繁に交換が必要だという[26]

量産1号機にあたるJA8610は国立科学博物館によって羽田空港のT101格納庫に保管されているが、同機は前述のJA8709が動態保存されるまではYS-11で唯一の動態保存機で、常設展示こそされなかったものの、定期的にエンジンに火が入れられる予定となっており、「頑丈さを証明し、100年先も飛べるYSとして保存する」と言ったコメントも出されていた[27]。しかし同機は後述の通り2020年に保存を断念し解体搬出された。

操縦性

操舵系統には戦後主流になりつつあった油圧を使わず、操縦桿動翼ケーブルにより直接つなげており、自動操縦装置もなく(後に一部機体にはオートパイロット装備)、ほとんどを人力で動かしているため、沼口正彦を始め多くのパイロットが「世界最大の人力飛行機」と評している[26]。信頼性確保と軽量化を目的としての人力操舵採用であったが当然の結果として操縦に力を要し、通常は低速になると軽くなる動翼は常に重く[26]、特にエルロンが最も重いという[26]。また気流が乱れると自衛官ですら「腕がパンパンになる」と評するほど悪化し、展示飛行で急旋回する際には「ワイヤーが切れると思うほど」引く必要があるという[26]。海上自衛隊ではオートパイロットが装備されていない機体で訓練を行う際、30分ごとに交代するなどの対策を行っていた[26]

離着陸に関してはパイロットから「上昇もしないんですけど、降りるのも降りてくれない」と評されており[26]、主翼が長めであるため滑空性能が強すぎることが指摘されている[26]

このように特有の問題を抱えていたため、管制官も降下指示を早めに出したり急かさないなど配慮をしていたという[26]

客室設備

トイレを装備しているが、当時の輸送機にはまだ多かった蓄積方式(いわゆる汲み取り構造で、消毒・消臭液を汚物タンク部に溜めてある)を採用しており、便器に水を流す設備はなかった。汚物の液体分だけを漉し取って消毒液を混ぜ、便器の水洗に利用する「循環式」は、YS-11では採用に至っていない。トイレ内の照明はかなり暗めに設定されていた。この他にも冷暖房が必要な時期になると空調関係が不安定になりやすい[26]など、快適装備は旧来型で信頼性も高いとは言えなかった。

荷物棚が座席上部に存在するが、ここは帽子ぐらいの大きさのものしか収納できない(いわゆるハットラック)ため、大きな荷物は搭乗前に手荷物として預けるか、座席の下に置く必要があった。機内の照明には丸形の蛍光灯が使用されており、一昔前のバスを思わせる内装となっていた。日本国外で活躍している機体もほぼ機内は無改造のまま使用されていることが多く、カーゴ設備や機内サービス器具、座席上部の読書灯などにその名残を見ることができる。

一方で、初期の機体には内蔵式のタラップエアステア)が用意されておらず、地上設備の貧弱な地方空港での運用に難があるなど、ここでも旅客機としては使い勝手の悪い面が見られた。なお、後にユーザーの要望を受けて、内蔵式タラップも装備されている。


注釈

  1. ^ その後MRJの生産拠点となる。
  2. ^ スプリングタブは、補助翼にも取付けられている
  3. ^ 4号機はYS-11A-320/625をベースにしているため前部が貨物室、後部が客室
  4. ^ 2020年3月までは羽田空港で保管されていたが、一般公開が限られることから、公開の在り方について検討を重ね、無償貸与という形でザ・ヒロサワ・シティにて展示されることとなった

出典

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  9. ^ a b 前間孝則、1999、『YS-11 - 下 苦難の初飛行と名機の運命』、講談社・α文庫
  10. ^ a b 前間孝則、2002、『日本はなぜ旅客機を作れないのか』、草思社
  11. ^ a b 前間孝則、2003、『国産旅客機が世界の空を飛ぶ日』、講談社
  12. ^ a b 杉浦一機、2003、『ものがたり日本の航空技術』、平凡社
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  18. ^ エアロラボのYS-11、羽田フライト決定 27日に高松空港へ | Flight Linerニュース”. flightliner.jp. 2019年8月15日閲覧。
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