随念院 参考文献

随念院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/23 01:19 UTC 版)

参考文献

  • 新行紀一「城代支配下の岡崎と今川部将松平元康」(初出:『新編 岡崎市史 中世』第3章第4節第5項・第6項(1989年)/大石泰史 編『シリーズ・中世関東武士の研究 第二七巻 今川義元』(戎光祥出版、2019年6月) ISBN 978-4-86403-325-1) 2019年、P134-153.

注釈

  1. ^ 清康の養女になったということで、通説では清康の「妹」とされているが、永正8年(1511年)生まれの清康の妹が大永4年(1524年)に既に結婚して子供を儲けているとは考えづらく、実は清康の「姉」だったのではないかとする新川紀一の見解がある[1]なお、所伝では松平親乗は永正12年(1515年)生まれとされているため、伯父とされる清康とはわずか4歳差になってしまう。
  2. ^ 「(徳川)家康」と称したのは随念院没後のことである。
  3. ^ 徳川家康(松平元信→元康)の岡崎城帰還は最終的には今川氏の許可を得ており、家康の独断とは言えないとする説がある[7]

出典

  1. ^ a b c 新行(大石)、2019年、P140-141.
  2. ^ 大樹寺文書125号
  3. ^ 新行(大石)、2019年、P139-140.
  4. ^ 新行(大石)、2019年、P135-136.
  5. ^ a b c d 新行(大石)、2019年、P141.
  6. ^ 新行(大石)、2019年、P137-139.
  7. ^ 丸島和洋「松平元康の岡崎城帰還」『戦国史研究』76号、2016年


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