道教 経典

道教

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/27 06:46 UTC 版)

経典

道教の経典を集めた『道蔵』は、三洞四輔十二類の分類で分けられている[99]。三洞とは、洞真経・洞玄経・洞神経の三つで、それぞれが本文・神符・玉訣・霊図・譜録・戒律・威儀・方法・衆術・記伝・讃頌・表奏の十二類に分かれている[99]。三洞は上清経・霊宝経・三皇経(三皇文)とも呼ばれ[100]、4世紀から5世紀に茅山派を中心に制作された[99]。四輔はこれより遅れて5世紀から6世紀に作られ、太平道や天師道、道家や神仙家などの書物を補って成立した[99]。ただ、三洞四輔が厳格に分類通りに分けられているわけではなく、また『墨子』や『韓非子』など道教以外の書物も一部含まれている[99]

洞真経(上清経)
三洞最上位の上清経を伝えた一派の開祖は、任城国任城県の女性の魏華存である。彼女は2人の息子と戦乱を避けて江南に移住し、そこで天師道の祭酒(指導者)になったという。その後仙道を極めて仙女となり、紫虚元君・南岳夫人を名乗った。東晋の役人の許謐は霊媒の助けを借りて紫虚元君らを仙界から降臨させ、教示を書き残した。これが時代を得て上清経になったという[100]。精神を研ぎ澄ます瞑想法の存思法などの修練を通して汚れた人間界を脱し、神仙界へ至ることを説く[100]
洞玄経(霊宝経)
霊宝経の起源は禹の時代に遡るとされ、邪鬼を排し昇仙を成すという神人から賜った「霊宝五符」とその呪術にあるとされる。これは江南の葛氏道と呼ばれる一族が伝え、経典として整備された。その内容は仏教、特に大乗仏教の影響を受け、輪廻転生元始天尊が衆生を救済するという思想を持つ。また儀礼を詳しく定めている点も特徴である[100]
洞神経(三皇経)
三皇経という名は天皇地皇人皇から来ているという。出自には2つの説があり、西城山の石室の壁に刻まれた文言を帛和という人物が学び取ったとも、嵩山で鮑靚という人物が石室から発見したとも言う。既にほとんどが散逸し現在には全く伝わらないが、悪鬼魍魎の退散法や鬼神の使役法などが書かれていたという[100]
四輔
「四輔」は太玄・太平・太清・正一の四部からなる[99]。太玄・太平・太清は、洞真・洞玄・洞神の教義を補足するもので、正一は三洞・三輔の内容を全て含む[99]。太玄部は『老子道徳経』およびこれに関係する経典類、太平部は『太平経』の残存しているもの、太清部は金丹に関係した文献、正一部は五斗米道・天師道関係の経典である[101]

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