桜花 (航空機) 戦績

桜花 (航空機)

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戦績

参照[149][150][151][152][153]

戦果

日付 艦名 艦種 戦死者 負傷者 備考
1945年4月12日 マナート・L・エベール 駆逐艦 84[154] 35 真っ二つとなり轟沈
1945年4月12日 スタンリー 駆逐艦 0 3 艦首に命中したが、弾頭は艦内で爆発せず艦体を貫通し海上に落下。但し損傷は甚大で、その後除籍され予備艦行き
1945年4月12日 ジェファーズ 掃海駆逐艦 0 0 至近に落下し小破
1945年5月4日 シェイ 敷設駆逐艦 35[155] 91 艦中央に命中し戦闘指揮所などの艦中枢を撃破後貫通して海上で爆発、沈まなかったが大破し終戦まで復帰できず
1945年5月4日 ゲイエティ 駆逐艦 0 3 至近で爆発、破片で40mm機関砲破壊
1945年5月4日 ヘンリー.A.ワイリ 駆逐艦 0 0 至近に落下し小破
1945年5月11日 ヒューW.ハドレイ 駆逐艦 30[156] 121[156] 大破・炎上し総員退艦命令出るも沈まず、しかし修理は困難と判断されそのまま除籍
合計 7隻 149名 253名 1隻撃沈 2隻大破除籍 1隻大破 3隻損傷
桜花が貫通し大破した後、アメリカ本国で修理された敷設駆逐艦シェイ

損失

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回 第10回 合計
桜花母機出撃機数 18機[注釈 14] 6機 9機 7機 6機 4機 7機 4機 11機 6機 78機
同未帰還数[注釈 15] 18機 4機 5機 7機 4機 1機 5機 3機 3機 2機 52機

合計10度に渡る出撃の結果、桜花パイロット55名が特攻で戦死、その母機の搭乗員は365名が戦死した。

そして708飛行隊の桜花母機一式陸攻搭乗員酒井啓一上飛曹の回顧によれば、4月16日の第五回神雷桜花部隊で、戦艦を中心とする十数隻の艦隊に対し宮下良平中尉が搭乗する桜花を射出、その後大きな爆発と水柱が上がったのを酒井上飛曹を含む4名の母機搭乗員が目撃しており、戦艦1隻撃沈と戦果報告している。また4月28日の第六回神雷桜花部隊出撃時も、不意に機動部隊に遭遇し、激しい対空砲火の中で山際直彦一飛曹搭乗の桜花を射出、その後に井上上飛曹と機長らが海上で大火災が起こってるのを確認し、重巡1隻撃沈と報告しているが[157]、このいずれの日もアメリカ海軍の公式被害記録上では報告されたものはなかった。


注釈

  1. ^ 航空特攻兵器「」も実戦に投入された可能性が指摘されている[9]
  2. ^ 小川は後に特攻兵器梅花を発案した人物でもある。
  3. ^ 必死であることに悩みがあったなら、悩みの解決は必死の有人化ではないという矛盾がある。
  4. ^ 作家生出寿は民間協力に源田の紹介状があったと想像している[26]が、既述のように民間協力はすでにある。
  5. ^ 書面上から海軍特攻部長大森仙太郎中将が命名者とされる場合もある(8月31日、書類上正式認定は1945年3月17日内兵令8号)[51]。記者渡邉恒雄源田実を命名者と広言したことがあるが根拠はない[52]
  6. ^ 実際に空母フランクリンとワスプを大破させ、イントレピッドやエンタープライズやエセックスにも損傷を与えていた。
  7. ^ 五航艦付中島正少佐によれば「猛虎のような男」[76]
  8. ^ 山岡荘八は鹿屋基地近くに立つ2軒の平屋の内の1軒に他の報道班員と滞在、神雷部隊隊員と寝食を共にし2ヶ月に渡って取材をしている。もう1軒の平屋は神雷部隊司令岡村大佐の宿舎であった。
  9. ^ 野中五郎少佐指揮による一式陸攻18機(うち隊長機3機は桜花未搭載)、桜花15機、護衛の零戦55機の編成。
  10. ^ 出撃命令がなかったレーダー搭載型一式陸攻の電探員がBBCの短波放送を無断で聞いたところによれば、米側損害は7機だったという[106]
  11. ^ 日本側は戦艦1隻撃沈と判断していた。
  12. ^ 川端康成は『新潮』1955年8月号の終戦10周年の特集号に、三島由紀夫志賀直哉ら作家計25名で「昭和二十年の自画像」として戦時を振り返り寄稿した「敗戦のころ」という特集記事で「沖縄戦も見こみがなく、日本の敗戦も見えるやうで、私は憂鬱で帰つた。特攻隊について一行も報道は書かなかつた。」と書いているが、神雷桜花部隊についての記事に談話は寄せていたことになる。
  13. ^ 棚沢直子は当時東洋大学教授で三木の娘。
  14. ^ この内桜花搭載は15機。
  15. ^ 不時着・不時着水機は含めず。
  16. ^ 航空機撃墜用の親子爆弾であった三号爆弾を誤認した可能性もあるが、作戦報告では三号爆弾を「火の球(Ball of Fire)」「空対空ロケット」と区別して報告している[164]
  17. ^ 稀に実施される観覧会以外のときは要予約。

出典

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