人魚 西洋博物学の人魚

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人魚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/14 07:55 UTC 版)

西洋博物学の人魚

以下、西洋の古代・中世・近世の学者たちが、人魚を実在の生物として扱った数々の例を示すが、対象の「人魚」の所在地は、ヨーロッパにかぎらず、新大陸、アジア、アフリカ等に至る。

1世紀ローマ帝国属州イベリア半島

大プリニウス博物誌』(紀元77年刊)によれば、一匹のトリトン(男の人魚)[注 36]がローマ帝国ルシタニアオリシポ英語版(現今のポルトガル・リスボン市)で目撃されており(ティベリウス帝時代)、またネーレーイス(女の人魚)も同じ場所で目撃されている。

目撃されたトリトンは某洞窟で法螺貝を吹いていたとされ、ネーレーイスについては、彼女らが"死にかけているときの嘆きの歌が浜の住民によって聞かれたことがある"と補足している[224][225][226]

このトリトンは、一般認識通りの容姿をしていたが[注 37]、ネーレーイスが人間のような(顔・胴体)をしている(すべやかな肌をしている)と思うのは世間の間違いで、真正のネーレーイスは全体鱗でおおわれているのだとプリニウスは主張する[224][225][226][227]

また複数のネーレーイスの死骸が、浜辺に打ち寄せられたことがあると、ガリア州英語版総督レガトゥスが前の皇帝(故アウグストゥス帝)に書簡している、とプリニウスは記している[224][225][226][227]

プリニウスはまた「海人」(: homo marinus)をガデス湾(カディス湾)で見たという証言を騎士身分エクィテスの数人から得ており、それはまるで人間の姿かたちをしているが、夜行習性で船によじ登ることがあり、それをされると船舶は沈没し始めるのだという[224][225][226][227]

後世の注釈

スウェーデンの博識者オラウス・マグヌス(16世紀)は、このプリニウスを引用し、ネーレーイス(マーメイド)が「そのいまわの際に発する愁嘆な金切り声は」、歌や音楽のごとくと示唆しており、運命の三姉妹ニュンペーが奏でるシンバルフルートの音が海辺から聞こえるという民間伝承と関連付けている[228][229][230]。オラウスによれば、 ネーレーイスは(とくに死の際してにかぎらずとも)「悲しく歌う」のだという[231][232]

ローマ時代に浜に打ち上げられたネーレーイスというのは、「おそらくはアザラシ類」だろうとされる[227]。また、「海人」については、「アフリカ産のマナティーか(?)」と注釈されている[233]

大航行時代の南北アメリカ大陸および北極圏

コロンブスは、1493年イスパニョーラ島沿岸から、3匹のセイレーン(人魚)が某河川[注 38]で海から完全に這い上がっているのを目撃したと航海日誌に記している[237]。その容姿について"絵にかいてあるように美しいもの(美女)ではなく"かろうじて人間似の顔つきをしていたと述べているが、マナティーであったと推察されている[3][236]

ヘンリー・ハドソンが1608年の第二回航海において、北極海(ノルウェー海域かバレンツ海)で"人魚"を目撃したとするが、乳房は女性の様で肌は白く長い黒髪を垂らしていたという[238][239][注 39]

オランダの探検家ダフィット・ダネル(David Danel[l])は、グリーンランドへの航海(1652–54年)で"たなびく髪をしたとても美しい"人魚に遭遇したとするが、乗組員は捕獲に失敗したという[240]

バルトリンのセイレーン

バルトリンの「セイレーン」(1654年)。骨と化した手/前鰭と肋骨は(右図)は同氏が入手したもの。

デンマークの医師で博物学者のトマス・バルトリン英語版が、その著書でブラジルの「セイレーン」(人魚)として図入りで説明した個体[243](おそらくマナティー[244])は、のちにリンネが転載して「バルトリンのセイレーン(Siren Bartholini)」と命名した[245][246][247]

個体標本すべてがバルトリンの所有物だったわけではないが、片手と肋骨数本を提供されており、これらも図解されている(右図参照[248][249][注 40]。のちライデン市で解剖[249][49]。執刀はピーター・パーヴ英語版[注 41]で、ヨアネス・デ・ラエ英語版(西インド会社理事)が同席、ラエと友誼をまじえるバルトリンが、手と肋骨数本を贈答されたと述べられる[49][注 42]。この"手"の図はその骨格が写実的なため、マナティーの前びれとの鑑定が可能とされる[244]

文中ははじめ「海人」ないし「海男」(ホモ・マリヌス)」と呼ばれているが[241]、銅版画でも「セイレーン (Sirene)」と見出しされている[241]。画のセイレーンは人間の女性のような容貌をし(頭髪はない)、はだけた乳房、水かきのついた前足で描かれている[250]。 ブラジルの解剖個体は指間に膜があり、個体が完全でなく"尾の跡がみられなかった"としており[49]、絵図と合致している[注 43]

バルトリンは、「セイレーン(人魚)」という呼称こそ用いているが、アザラシ類だと推論していた[249][49]。その理屈として次のように述べている:海には「海馬」など陸棲のものとそっくりな海棲生物がいくつかおり(と当時はそう信じられた)[注 44]、よって人類そっくりな海水生物も否定できない。しかしながらそれらはすべてアザラシ類とみるべきだろう、としている[254]

この生物は、ブラジル原住民のユピアプラ(Yupiapra)伝承(正しくはイプピアーラ伝承)と関連性があるだろうと、17世紀のエラスムス・フランシスキ(エラスムス・フィンクス英語版)は意見している[255][256]

植民地時代のアジア

17世紀台湾

オランダ領台湾では、ゼーランディア城近くの海域に人魚が現れたのを多くの人が目撃し、水路に来て詳しく調べようとしたが、もう姿を消していた。これは差し迫った災厄の兆候であると考えられていた[257]

17世紀ビサヤ諸島

「人間型魚」アントロポモルポス
―ヨンストン『自然誌』ラテン語版、1657年[258][注 45]

人魚(直訳だと「人型魚」、「婦人魚」等と呼ばれる)が、特に旧スペイン領フィリピンビサヤ諸島あたりの水域に生息することが[269]、17世紀の西洋人によって言及されている。それは当時の複数の科学論や自然史の書籍に記載されている[270]

これらの書物の掲題では、その人魚のことをアントロポモルプス: Anthropomorphus)等[注 46]つまり「人間の姿をした[魚]」と命名しており、挿画でも半人半魚の男女の人魚に描かれており(右図参照)、人間に酷似することが強調される[271][265][注 47][注 48]

しかしながら、この「人型魚」は現地名をドゥヨン(duyon)と称すと文献にも記述されており[260][258][273]、フィリピンの海域にも分布するジュゴンのことだとみなされている[275]

この「人型魚」(ドゥヨン、ジュゴン)はスペイン人のあいだでは「婦人魚」を意味する呼称ぺシェ・ムリェール[注 49]、現代の標準スペイン語に直せばペス・ムヘールpeche mujer)と呼ばれていた[263][注 50][注 51]

このぺシェ・ムリェールは[276]、薬品としてオランダ貿易で江戸初期(家光の代)にはすでにもたらせられており[47]、このへいしむれ[る]等と音写で本草学者などに取り上げられた[44]§へいしむれるの薬効参照)。

18世紀モルッカ諸島

ルナール図譜
「怪物またはセイレーン(マーメイド)」[277]
―ルナール『モルッカ諸島魚類彩色図譜』第2版、1654年[278]
ジュゴン(同書)

モルッカ諸島の人魚、いわゆる「アンボイナの人魚」であるが[279]オランダ東インド会社(VOC)統治下、旧アンボン州での案件だったのでこの名がある[注 52]。現今マルク州ブル島で、1706–1712年頃その人魚は捕獲されたという。これを入手したというVOCの元兵士サミュエル・ファルール[ス?] Fallours という人物が、極彩色で肉筆画にしたためており[285][287]、その委細や、絵を複製した銅版画[注 53]がルイ・ルナールの図鑑(初版1719年)に掲載され(右図上)[291][278]、次いでフランソワ・ファレンタインオランダ語版の図書(1726年)[292][295]に二番煎じ的に転載された[290][279][296]

司馬江漢がファレンタイン本の画を模写しており、それは大槻玄沢の『六物新志』[259]にも転載されている[297][294][290]

ファレンタインが聴聞したところに拠れば、この人魚は1712年に捕獲され、その全長は59ドゥイム(duim、オランダのインチ)またはラインラント地方の尺度で5フィートほどあった。水槽に入れて4日間と7時間生きながらえさせることができたが、与えた餌を受け付けず、なんら理解可能な音を喋ることなく死亡したとする[298][289]。また、ルナールの著書に拠ればハツカネズミ(小ネズミ)[注 54]のような声で鳴いたとされる[278]。絵で見ると、"腰にミノのようなもの"がついていると指摘されるが[299]、ファルールの原画に付随する添え書きによれば、同氏は前部・後部の鰭をめくりあげて、女性のかたちだと確認したのだという[300]

これも結局ジュゴンではないかという指摘は当時からあったようだが[注 55]、ファレンタインはこの人魚がルンフィウスが詳述するジュゴンとはけっして同一でないと反駁している[301]。胴長の人魚の絵は、海牛目にまるで似ておらず、ルナール図譜には、ジュゴンも掲載されている(右図下)ので、むしろリュウグウノツカイが元となったとほうが説得性があるいう魚類学者意見もある[302]

へいしむれるの薬効

洋書においては、この「婦人魚」(ペス・ムヘール)の骨などの部位が薬物になるとしていた。効能としては、骨が止血に効くとされる記述のほか[303][304][306]、下血に効くとするものや[307]、「体液の漏れ」(四体液説参照)に効くとするものがある[308]。『和漢三才図会』では倍以之牟礼へいしむれを"解毒薬"となすを説くが[310][46]、その典拠は解明できていない[311]

江戸幕府は1641年に《へいしむれる》(人魚)の肋骨1本を献上されている。これは東インド会社が派遣し、フリシウスが特使代理となった謝礼使節団から贈られた薬箱の一品で、その目録では人魚骨の値段は銀43匁となっている[47]を持つ人には身に携えていれば効き、骨は粉末にして酒などに混ぜて服せば五体の砂をとり、血止めや下血に効くと『阿蘭陀外科医方秘伝』にあり[47]河口良庵『阿蘭陀外療集』巻七にも同様、湯にて用いるも可と加える[47]。貴重品のジュゴンがそれほど大量に流通するはずもなく、江戸後期、小野蘭山は自分が見た品はことごとく贋物で、"薬舗に貨するものは黄貂魚(アカエイ)の歯および雞子(トビウオ)の歯の形状にして斜紋なるものなり"と述べている[312][223]

江戸期の日本の本草学の書物も、洋書の内容を踏まえ《へいしむれる》(人魚の骨)が血に関する薬としている。歇伊武禮児ヘイシムレールについては大槻玄沢が『六物新志』(1786年) でヨンストンから訳出し、"止血(血を止む)"効果があるとしている[314]。だがこれより早く貝原益軒には下血に効くとされており[316]、下血効能はフェルビースト著『坤輿外紀』(<1652年)[注 56]から引用できることが小野蘭山によって歴然となっている[317][注 57]

あるいは「体液の漏れ」に対する効果があるため、骨はビーズ[45][268](数珠つなぎに[46])加工される。蘭山もフェルビースト(『坤輿外紀』)を引いて、念珠にすることは記すが、服してはじめてその下血への効果があると理解されている[317]。だがバルトリンをひもとくと、肋骨をビーズに穿孔加工したものが痔に効くことは[注 58]デ・ラエ[注 59]が実体験していると書かれている[49]、そのときの使用法は詳らかにされていないが、ローマではその骨のビーズのブレスレットを手首にあてがえば偏頭痛に効くとする[注 60][49]

「海人の女性(雌)の [骨の] ほうがより強力」な作用があるとヨンストンは記述しているが[105]、『六物新志』には欠落している。フェルディナント・フェルビースト(南懐仁)著『坤輿圖説』には、西楞(拼音: xī léng; セイレーンの音写とみられる[320][321])について、「其骨能止血病女魚更效」つまり骨は止血病に能く、女魚のものは更に効く、と記される[322][323][321][324]

フィリッピンの人魚(ぺシェ=ムリェール、ドゥヨン)の味は、肥えた(脂ののった)豚肉のようだとコリンは感想を述べている[325][注 61]


  1. ^ 特に『フュシオログス』や、その派生である『動物寓意譚』において
  2. ^ スペイン語: pez muller, pexe muller等。
  3. ^ 東洋にも、図像ではないが、文章ならば人魚が赤い髪だという表現はある。松浦静山の記した目撃談では"髪薄赤色"(§甲子夜話)であり、他にもとさかを持つという江戸時代の記述があり、リュウグウノツカイ起源説につながっている(§動物学的説明)。中国の文献にも馬尾のような長髪や、紅い鬣(たてがみ)という表現がみられる(海人魚参照)。
  4. ^ また、教会の木彫り装飾の人魚も、寓意譚等の装飾写本のセイレーン画に取材しており[15]、同じ寓意解釈が該当するとされる[13][14]
  5. ^ 28都県(高橋晴美の調査)。
  6. ^ 本来北極圏などに生息するアゴヒゲアザラシ種のタマちゃんが都内に現れたのは周知の事実である[34]
  7. ^ §18世紀モルッカ諸島の人魚(司馬江漢が模写した図)も参照。
  8. ^ チョーサー「尼院侍僧の話」英語版、1390年頃を初出とする。
  9. ^ 古語wífは、ドイツ語の Weib のように'女性'の意であり、その名残は"fishwife"(女性の魚売り)などに求めれようが、現代で"wife"ワイフといえば'妻'であろう。
  10. ^ サガ訳もあり、古ノルド語sjókonur(「海の女」)と訳されている[68]
  11. ^ 古くは人頭の怪鳥の姿。
  12. ^ フィシオロゴスは厳密にはベスティアリでなくその原型。
  13. ^ アディショナル本の人魚は図のとおり長い魚を手にするが、クラークはこれはウナギだとしている。
  14. ^ モリス編版本の欄外要約参照。meremanとは、体躯と胸が乙女のようだが、へそのところでつながっているのは鰭が生えている正しく魚の部分である、の旨が原文に書かれている。
  15. ^ しかしこうした教会の観念は、現代では女性蔑視のそしりを受けている[94]。櫛や手鏡は、そもそも愛の神ウェヌスにまつわるものであるとの見解もある[95][10]
  16. ^ なお、用例が必ずしも人魚と言えない例は、文献を省いた。
  17. ^ オックスフォード英語辞典』(OED辞典)に"meremanni, merimenni, mer(i)min, neut. merminna"と記載される。Schadeの辞典も"meremanni" を見出しにしている。[63]
  18. ^ この"叔母"は正確な訳ではないが、原語merwîp'母方のおば'[108]を端的にあらわす言葉がないということだろう。
  19. ^ 原作の場面はドナウ川だが[107][70]、少し前のくだりで一行はライン川の対岸の草地に野営を構えている。『シズレクのサガ』版では、ヘグニ(Högni、ハゲネ)が遭遇する同じ人魚ら(古ノルド語: sjókonar '海の女', "sea woman")は[68]、ライン川とドナウ川が交わる水域で現れる[109]。これがワグナー歌劇のラインの乙女らに転じるのであるMagee 1990, p. 65。
  20. ^ MHG: ane; modern ドイツ語: Ahn.
  21. ^ また、古いケルトの伝承では、人間と人魚の間に肉体的な外見上の違いはなかったとされている[134]
  22. ^ 一例としてクリスチャン4世の生誕の予言を挙げる。
  23. ^ 人類でないのだから、「ハヴマン」のような「人」の尊称をふくむ名称を避けるべきで、「海猿」(デンマーク語: hav-abe)のような造語で呼ぶべきだと説いている。更には「ハヴ=クオイアス・モルロウ Hav-Quoyas Morrov」なる名も提案している。「クオイアス・モルロウ」というのはアンゴラでみつかる類人猿の、現地名由来の名であり、アンゴラでは人魚が発見されたという例もあることから提案したと説明される。
  24. ^ ファイエは上述のポントピダン司教(第8章、海の怪物等々)を典拠に挙げているが、司教は当時において近年の目撃例を詳述している。1719年の例は全長3ファゾム (5.5 m)の大型で、濃灰色、足ヒレがアザラシに似ていたが、鯨類に属すと意見されている[168]。1723年の例(Andreas Bussæus 1679–1735 の著述に拠る)は、老人に似て、黒い巻き毛、黒い顎髭を持ち、荒い肌だが毛で覆われるとする。一目撃者が、胴体が魚のごとく先端に向かってすぼまっていると観察した[169]
  25. ^ ベンジャミン・ソープ[167]、のちフレッチャー・バセット[173]は、マルギュグル、マルメニルをあたかも19世紀のノルウェー民間人が使っていた言葉のように解説するが、かれらの原書であるファイエは古語例として備考に述べたにすぎないので、添加内容(改ざん)といえる。
  26. ^ margýgur, hafgygur ('mer-troll'), haffrú ('sea-maid'); mey-fiskr ('maiden-fish').
  27. ^ スウェーデンでは他にも、sjö-kona ('海の女'。エストニアルフヌ島方言:sjö-kuna[180]なども'海の女'を意味する人魚名。
  28. ^ 「人魚の伝言」型(": The Mermaid's Message"; ノルウェー語: Havfruas spådom)。移動伝説の英名("Migratory Legend")よりML番号と略称される。
  29. ^ グリーム・インギャルズソン Grímr Ingjaldsson。『植民の書』に記述。
  30. ^ スカールム Skálm という牝馬が、積荷の下になったまま地べたに伏した場所。
  31. ^ "Hafsfmannen"
  32. ^ "Rosmer Havmand"
  33. ^ 蛇足だがイプセンの戯曲「ロスマースホルム英語版」の主人公名称は人魚ロスマーに着想を得ている。
  34. ^ "Hafsfrun"/"Havsfruns tärna"
  35. ^ "margygr, hafgygr ('mer-troll')".
  36. ^ 中野他訳にもあるようトリトンはもとは一柱の「半身半魚の海神」だったが、後にトリトンという不特定多数の海の怪異のこととされた。
  37. ^ リスボンの使節団がティベリウス帝に報告した内容が一般のトリトンの図像と合致する、ということ。
  38. ^ リオ・デ・オロ(現今のヤケ・デル・ノルテ川英語版)。
  39. ^ 森田は「ハドソンの人魚は、全身乳白色で美しい声を出すところから「海のカナリア」と呼ばれるベルーガ(シロイルカ)か」イッカクと推察する。
  40. ^ 同書に詳述されるが、ブラジルで(オランダ)西インド会社の商人が「海人(ホモ・マリヌス)」を捕えている(ラテン語原文: "prope Brasiliam.. captus suit homo marinus"[241][248]。ただしウェブスターの古英訳では「ブラジル」が欠落する:"a Sea-Man taken by the Merchants of the West-India Company"。
  41. ^ ラテン名ペトルス・パヴィウス
  42. ^ 中丸 2015, p. 14が"ヨハネス・デ・ラエトの解剖結果"とまとめるには語弊があると思われる。
  43. ^ バルトリンは首がなく(頭がそのまま胴体につながる)、乳を分泌する乳房をもつ個体について説明しているが[249]、これはじつはブラジルではなく南アフリカの喜望峰ちかくの「クアマ川」で捕獲された個体についてベルナルディーノ・ジンナーロ(ベルナルディヌス・ギンナルス、1577–1644)より引用した内容である[49][248]
  44. ^ 「海馬」は、水象牙を得られる生物。南方は『正字通』(1627)にある「落斯馬(ロスマ)」について、これはノルウェー語ロス・マー(セイウチ[251])のことであると説明しており、オランダの中国学者シュレッゲル(グスタフ・シュレーゲル)による「ウニコール(ユニコーン)」を"駁し"ているが[252]、一部の西洋の識者の間ではかつて、海棲のユニコーンのごとき一角の馬がいると伝わっていたことは、エラスムス・フランシスキ英語版の挿絵でも明らかである:Francisci 1668, p. 1406 向かい Plate XLVII
  45. ^ この勇斯東(ヨンストン)よりの模写とする絵が、『六物新志』(「人魚図」牡・牝)に転載されている[259]
  46. ^ アントロポモルポス Anthropomorphos と、原書(キルヒャー[260]やヨンストンのラテン語版では綴っている(上図、銅版画の見出し参照)[258]。これをヨンストンのオランダ語訳の本文では Anthropomorphus に綴りを変えているものの、銅版画は同一を使いまわしているので Anthropomorphos のままになっている[271]
  47. ^ 細かい点だが、原典(キルヒャーやヨンストンのラテン語著作物)のなかでは「ピスキス・アントロポモルポス」(: piscis anthropomorphos; : ανθρωπόμορφος)と称してラテン語とギリシア語の合成語になっている(なお原文ではpisceと綴るがこれは奪格、すなわち「○○魚について De~」の句形の用法で、主格に直すと piscisである。)[260][258]
  48. ^ このほかインド人(原住民)が人魚と夜毎に性交を行い、その胸から下は人間の女性のようだったという証言(懺悔内容)が記録されている[268]
  49. ^ スペイン語名は、当時の書籍によって綴りがだいぶ異なる。すなわち近世スペイン語スペイン語版(あるいはガリシア語)名は、ぺチェ・ムヘル(peche muger,[260])、ペス・ムリェール/ぺシェ・ムリェール(pez muller, pexe muller[266])などである。カナ表記は暫定。
  50. ^ なお、ヨンストン『図譜』1660年蘭訳本[271]からの重訳になると、"「ペッヒ・ムーヘル」,すなわち婦魚と呼ぶ。"と九頭見は音写するが[265]、それだとオランダ式発音なので本文では置く。
  51. ^ ナバレテは、そのやや後年の著述で、そのラテン訳名ピスキス・ムリエル(piscis mulier[45])を記載する。南方は"ラテン語ペッセ・ムリエル、婦人魚の義なり"と説く[46]
  52. ^ バッセット(1892年)は「モルッカのセイレーン Molucca siren」と改名している[280]
  53. ^ ハンドカラーリング英語版法で着色されているので極彩色[288]
  54. ^ じっさいは原書フランス語の"souris"、英語のmouseであり、いずれの単語もハツカネズミ属に限らず様々な小型げっ歯類の総称である。
  55. ^ そしてルナール図譜の英訳版の編訳者 Pietsch もジュゴン説を支持[289]
  56. ^ 『坤輿外紀釋解』(嘉永5年)があるのでそれ以前。
  57. ^ 益軒(1709年)の下血効能は、ヨンストンにも記載されているのだと九頭見は講じているが[318]、「止血」と「下血」は異なると言えよう。
  58. ^ 旧西洋医学では痔は"体液の漏れ"の一種と解されていた。伝ヒポクラテス著『痔疾の書』による[319]
  59. ^ 既出の西インド会社理事デ・ラエ英語版。この箇所は原文では ラテン名ラティウス Latius を用いる。
  60. ^ カッシアヌス・ア・プテオことカッシアーノ・ダル・ポッツォ英語版から得た情報とする。
  61. ^ 『六物新誌』のヨンストン訳によれば、皮膚に黒色斑点がある症状は、肉を患部に貼るとそれが解消されるとしている[106][326]。しかしながらJonston オランダ語原文 "Een ander zeit, dat haar visch op het menschen-vleesch geleidt, zo krachtich al de geesten to zich trekt, dat hy den mensch als verdooft maakt".[271]に照らすと、"他者いわく、この魚[人魚]は、人間の肉[欲]を誘導し、すべての精神を強力に惹きつけ、麻痺させてしまう"とまったく違うことが書かれている。『六物新誌』の"黒色斑点"というのは、じつは玄沢が訳しもらした「より強力な雌海人の骨」(上注参照)を区別する特徴なのである。
  62. ^ 九頭見 2006b, p. 59に複写された『山海経』(平凡社、1994年)掲載の人魚図と一致する。
  63. ^ ここでは人魚は𩵥(フェイ)に似る、と読める。どの魚種か特定困難だが、日本国内では「ウグイ」の俗字[337]
  64. ^ 䱱魚は、現代語辞書ではナマズの種ともオオサンショウウオの種とも定義されるようである。鈴木訳 1930『本草綱目』の〔䱱魚〕人魚・孩児魚図が九頭見 2006b, p. 60に複写されるが、これとよく似る。
  65. ^ なお『海内北経』陵魚の注では、郭義恭撰『廣志』"鯢魚聲如小兒啼,有四足,形如鯪鱧,可以治牛,出伊水也"(散逸文。『水經注』伊水の項に残る)を引いている[347]。『廣志』逸文は『水經注』以外にも『太平御覧』にも残されているが、徐広から引いた「徐廣曰 人魚似鮎而四足。即鯢魚也」を伴う[348]。『史記』「秦始皇本紀」六(注釈本)では秦始皇帝陵の人魚膏について、張守節中国語版『史記正義』による『廣志』の同上引用文、そして徐広(すなわち『史記音義』[348])の同上引用文が注釈にもちいいられる[333]
  66. ^ 『山海経』「中山経」本文では𥂕蜼は不詳とあるが[331]、注釈者呉任臣中国語版の提案によれば𥂕蜼とは蒙頌もうしょうのことであり[352]、『本草綱目』によれば蒙頌は猿の一種である[353]。しかしこれについては別の解釈の余地もある。任臣は䱱魚を「」の類だともしており、蒙頌はマングースのことだともされている[354]
  67. ^ 原文:"䱱魚形微似獺"。
  68. ^ 『和名抄』は、『山海経』を引いて小児のような声を発するためこの名があるとしている。
  69. ^ ちなみに「鯪鯉」とは哺乳類のセンザンコウのことだと『本草綱目』には記される[365]
  70. ^ 「蛟人」または「鮫人」とも表記されるが、人魚の認識が龍人から半魚人へと変遷したと論考される[368]も人魚のうちに数えられている[369][368]。『述異記』のいくつかの箇所に記述がみえる。
  71. ^ 『山海経』「海内南経」に雕題国中国語版の項があるが、郭璞注によればこれは顔や体に鱗のいれずみをほどこす蛟人のことを指している[376][329]
  72. ^ (読み下し):“𥥛(ハツ)は海人を生じ、海人は若菌(じゃくきん)を生じ、若菌は聖人を生じ、聖人は庶人を生ず。凡そ𥥛なる者は庶人より生ず”。
  73. ^ 𥥛という字は他にほとんど用例が見られず、兪樾(体の表面に生える小さい毛)の誤りだろうとする[385]
  74. ^ 現代地名としては「東海」は東シナ海なので、そう解釈されてもいるが[387]、単に「東の海」と訳す例もある[388]。歴史的には「東海」の意味は必ずしもそうではなく、たとえば「日本海」を指す場合がある[389]
  75. ^ 鎌倉時代の『古今著聞集』など。
  76. ^ §越中の人魚(海雷)
  77. ^ 清寧天皇5年(紀元1140年)の事案としているので[400]、西暦480年となる。なお藤澤は前章で、八百比丘尼の生誕は雄略天皇12年(紀元1128年)すなわち西暦468年としている[401]
  78. ^ この願成寺には、もうひとつ伝承があり、尼に恋したという人魚のミイラの伝説および伝・ミイラの実物が存在する[413]。「§人魚のミイラ」に詳述。
  79. ^ 人魚がどう分配されたについては"二喉をば、忠盛朝臣の許へもて行き、一喉をば浦人にかへしてければ、浦人皆切り食ひてけり"(大橋新太郎の読み下し)[425]とあり、"二疋は忠盛朝臣に献上し、残りの一疋は浦人共が割いて食べた(巌谷小波編訳)[426]に従うとする。だが「一匹をみんなで食べた」ではなく「三匹ぜんぶ食べた」という解釈もされる:"忠盛は畏れ多いことと思ったのか、そのまま漁師たちに返却したところ、漁師たちはそれを全部食べてしまった"(川村&浅見)[428]
  80. ^ 「津軽の浦」の地名が明確にどこを指すか資料に乏しい。津軽郡 (陸奥国)のどこかの浦となると、現・つがる市の西あたりの日本海なのか、現・東津軽郡の北の青森湾なのか、という話になる。のちの元禄元年の捕獲例は、野内浦とあり、青森湾と思える。
  81. ^ ただ食い違いもあり、『本朝年代記』では宝治元年に「津軽浦」が、西鶴や、その太宰治の翻案「人魚の海」では「津軽の大浦」としている[444]
  82. ^ 直前に「落斯馬(らしま)」も掲載される。「落斯馬」の南方熊楠考については以下の註を参照。
  83. ^ "半身以上は女人に類して、半身以下は魚類也。人魚骨は、功能下血を留るに妙薬也。蛮語にペイシムトルトと云。紅毛人持わたる事あり"(現代活字本を参照)
  84. ^ 西鶴の『好色五人女』(1686年)の巻五の五「金銀も持ちあまって迷惑」と「西鶴織留」(1694年)の巻五の一「只は見せぬ仏の箱」にも人魚への言及がある[466]
  85. ^ 「第49巻 魚類(江海有鱗)」vs.「第14巻 外夷人物」)。
  86. ^ 藤澤の「人魚考」ではこの2図を連続で掲載しているが[477]、良安は隣り合わせにしておりらず、所収巻も異なる[注 85]
  87. ^ ヨンストンの蘭訳書(1660年)は、すでに1663年に幕府に献上され、野呂元丈『阿蘭陀禽獣虫魚図解和解』(1741年)で抄訳しているが、人魚の項は1、2語を述べたに過ぎないのでこの江戸前期の段階では影響はみられなかった[265]
  88. ^ 『坤輿外紀』「海族」には「海女」「海人」とみえる[487]。『坤輿全図』[486]や『坤輿図説』「異物図説」西楞(セイレーン)と表記している[321]
  89. ^ 京伝もあるいは『山海経』などに通じていた可能性がある:『箱入娘面屋人魚』では登場人物が人魚に䱱魚 鯢魚の二種類がいると講釈する[488]。益軒は「䱱魚にんぎょ 」、「鯢魚さんしょううお」と区別した[318]
  90. ^ 東津軽郡野内村と同定すれば、青森湾の一部であろう。
  91. ^ 吉岡は宝暦8年としているが[451]。それぞれの資料で年付が7,8,9年とバラバラである。
  92. ^ 藤澤は資料を『津軽舊記(津軽旧記)『としているが、これは『津軽藩旧記伝類』という抜粋集らしい。
  93. ^ 「石崎村でとれた異形の魚」(弘前市立弘前図書館蔵『三橋日記』。
  94. ^ 阿蘭陀渡里人魚の図
  95. ^ 原文は"越中国、放生淵ほうぜうがふち四方浦よものうらと読まれているが[504]、正しい読みは「よかたうら」[505]
  96. ^ ニベオオウナギ等。
  97. ^ ただしピーボディ博物館にあるのはモーゼズ・キンボール英語版の遺贈品であり、バーナムが展示した人魚もキンボールから貸借されたものとされている。
  98. ^ イアーラが恋人の男性とともに水底に消えそのまま幸せに暮らしたというエンディングもある[556]
  99. ^ 以下詳述。
  100. ^ カスクードは後の『ブラジル民俗辞典』(1954年)で、「マンイ・ダグア(水の太母)」に、より様々なヨーロッパ伝説や原住民神話の影響の可能性があるとする。
  101. ^ トードス・オス・サントス湾ポルトガル語版一帯。
  102. ^ Pero de Magalhães Gandavo. História da Província de Santa Cruz (1576)。"Hipupiàra"と綴る。
  103. ^ Fernão Cardim, Do clima e terra do Brasil、1584年。 "Igpupiàra"と綴る。
  104. ^ 男性を破滅させ性器を切り取る存在ならばそれは悪女であるとの観。ヴァギナ・デンタタの寓意に代表される。(イプピアーラに詳述)






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