グロースホイバッハ
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/02/14 09:58 UTC 版)
紋章 | 地図 (郡の位置) |
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基本情報 | |
連邦州: | バイエルン州 |
行政管区: | ウンターフランケン |
郡: | ミルテンベルク郡 |
緯度経度: | 北緯49度43分 東経09度13分 |
標高: | 海抜 132 m |
面積: | 19 km² |
人口: | 5,114人(2015年12月31日現在) [1] |
人口密度: | 269 人/km² |
郵便番号: | 63920 |
市外局番: | 09371 |
ナンバープレート: | MIL |
自治体コード: | 09 6 76 125 |
行政庁舎の住所: | Rathausstraße 9 63920 Großheubach |
ウェブサイト: | www.grossheubach.de |
首長: | ギュンター・エッティンガー (Günther Oettinger) |
郡内の位置 | |
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グロースホイバッハ (Großheubach) はドイツ連邦共和国バイエルン州ミルテンベルク郡に属す市場町。
地理
位置
グロースホイバッハはマイン渓谷内、シュペッサルトとオーデンヴァルトの境界に位置する。市場町グロースホイバッハは、クロッツェンホーフ地区とロスホーフ地区からなる。最高地点は標高439mのオスピスラインである。グロースホイバッハはフランケン赤ワイン街道に沿いにある。
自治体の構成
この町は、公式には4つの地区 (Ort) からなる[2]。このうち小集落や孤立農場などを除く集落を以下に列記する。
- グロースホイバッハ
- クロッツェンホーフ
歴史
グロースホイバッハの古い地名は、Heidebah あるいは Grotzenheidbach である。
- 紀元前1000年頃: 最初の入植(骨壺葬地)。
- 900年頃: 文献上最初の記録。
- 1200年頃: クリンゲンベルク家、ビッケンバッハ家、ドイツ騎士団の所領となる。
- 1300年頃: ルーレスベルク、現在のエンゲルベルクに最初の礼拝堂が設けられた。
- 1483年: グロースホイバッハはマインツ大司教領となった。(1803年まで)
- 1612年: 町役場が建設された。
- 1630年: エンゲルベルクにカプチン会修道院が創設された。
- 1816年: バイエルン領に移された。
- 1828年: エンゲルベルク修道院がフランチェスコ会に移された。
- 1896年: 古い教会の拡張: 現在の教区教会が建設された。
行政
議会
グロースホイバッハの町議会は20議席からなる。
文化と見所
建築
- 聖ペーター教区教会
- 1247年: 初めて主任司祭が設けられた。
- 1519年: 初めて鐘が取りつけられた。
- 1609年: 防壁、防壁内通路、胸壁と有する堅固な防衛教会として建設された。(ロマネスク様式)
- 1895年 - 1897年: 教会が現在の外観に拡張された。
- 1949年: 鐘を入手。
- 1959年: 嵐で塔が倒壊した。
- 1987年: 改修工事が行われた。
- 歴史的町役場
- 歴史的町役場は1611年から1612年に建築家オットー・オスヴァルトによって木組み建築で建設された。この建物はアムト・プロツェルテンの出張所として用いられ、1階は監獄として利用されていた。
- アーベンダンツシェス・ハウス
- アーベンダンツシェス・ハウスは1600年頃にグロースホイバッハの中心部に建てられた木組み建築である。何世紀もの間にこの建物は改築がなされている。1987年から1990年の修復後、この建物は覆いが外されオリジナルのファサードが再び見られるようになった。この建物は、ワイン商人ヨハン・ジーモン・アーベンダンツやアモールバッハ修道院の修道院長の居館として用いられた。
- エンゲルベルク修道院
- 歴史的な異教徒の宗教施設
- フンネンシュタット(フン族の石)あるいはフンネンシュッセル(フン族の鉢)とも呼ばれる。現在のエンゲルベルク修道院近くの山上にある。何メートルもある砂岩のブロックに円形の窪みが刻まれている。
人物
出身者
- グイド・クラッチュマー(1953年 - )陸上競技選手。モントリオールオリンピック十種競技銀メダリスト。
引用
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固有名詞の分類
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