証拠に基づく政策とは? わかりやすく解説

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証拠に基づく政策

(EBPM から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/01 21:26 UTC 版)

証拠に基づく政策立案(しょうこにもとづくせいさくりつあん、英語: evidence-based policy makingEBPM)は、公共政策の企画・立案・実施・評価にあたり、個別的な経験や直感のみに依拠するのではなく、統計、調査、評価研究、実験、行政記録などの因果関係の裏付けとなる体系的な証拠(エビデンス)[1]を用いて、政策の手段と目的との論理的なつながり(因果関係)を明確にするべきであるとする考え方である。[2]日本語ではエビデンスに基づく政策形成証拠に基づく政策ともいう。[3][4]

この考え方は、根拠に基づく医療(EBM)の発想を公共政策分野へ拡張したものとして論じられることが多い。他方で、公共政策では利害関係者の価値対立、政策目的の多元性、制度的制約、実施過程の不確実性が避けられないため、医療分野における臨床判断と同じ意味で「何が唯一正しいか」を示せるとは限らない。そのため近年では、単に「証拠に基づく」と述べるよりも、「証拠を参酌した政策形成」や「証拠の適切なガバナンス」を重視する立場も有力である。[5][6]

概要

証拠に基づく政策立案は、政策の有効性や副作用を事前・事後に検証し、限られた財源や行政資源をより適切に配分することを目指す考え方である。政策分野においては、しばしば「何が機能するか」(英語: what works)を明らかにする取組と結び付けて理解される。[7]

もっとも、政策決定は単なる技術的最適化ではない。政策の目的それ自体が争点となる場合も多く、費用、分配、公平、人権、政治的受容性など、経験的証拠だけでは決められない規範的判断を含む。そのため、EBPMは政策決定を非政治化するものではなく、政治的・制度的文脈のなかで証拠をどう収集し、どう評価し、どう用いるかを問題とする。[8][9]

背景

20世紀末以降、医療分野で発展した根拠に基づく医療の影響を受けて、社会政策、教育政策、犯罪政策、国際開発などの分野でも、政策介入の効果を経験的に把握しようとする潮流が広がった。[10]

他方で、公共政策における証拠利用は、臨床医学のように単一の目的関数を前提としにくい。政策では、誰にとっての利益を重視するのか、どのような価値を優先するのかが問題になるため、「最もよい証拠」がそのまま「採るべき政策」を一義的に導くとは限らない。こうした事情から、EBPMの有効性を認めつつも、その限界や政治性を強調する研究が蓄積されている。[8][9]

方法と用いられる証拠

証拠に基づく政策立案で用いられる方法は一様ではないが、一般に次のような点が重視される。

  • 政策目的と因果仮説の明確化
  • 介入が行われなかった場合との比較(反実仮想)の設定
  • 成果指標・評価指標の設定
  • 直接効果だけでなく、副作用や波及効果の検討
  • 外在的要因と政策介入の効果の区別
  • 第三者による検証可能性・再現可能性の確保

具体的には、ランダム化比較試験、準実験、自然実験、統計的因果推論、費用便益分析、行政記録データ分析、質的比較研究、事例研究など、問いに応じて異なる方法が用いられる。介入効果の識別ではランダム化比較試験が重視されることがあるが、制度受容性、実施可能性、当事者経験、権利保障などを検討するには、それだけでは不十分であるとされる。[11]

また、証拠の利用可能性それ自体も政策利用を左右する。研究へのアクセスのしやすさ、研究成果の関連性と明確性、政策担当者と研究者の協働関係、政策日程との整合性などが、証拠利用の促進要因・阻害要因として指摘されている。[12]

批判と論争

証拠に基づく政策立案に対しては、いくつかの批判がある。

第一に、政策目的の設定自体が価値判断を含むため、経験的証拠だけで「何をすべきか」を決定することはできない、という点である。分配、公平、自由、安全などの価値が競合する場合、証拠は重要な判断材料ではあっても、最終的な政策選択そのものを代替するものではない。[8][9]

第二に、政策における「良い証拠」は単一の序列に還元できない、という点である。介入効果の識別には実験的研究が有力であっても、制度設計の妥当性、社会的受容性、倫理的正当性などの論点には、質的研究や制度分析、法学的・哲学的議論も不可欠である。[13][8]

第三に、証拠利用はしばしば政治的に歪められうる、という点である。あらかじめ決めた政策を正当化するために都合のよい証拠だけを選択する状況は、「政策に基づいた証拠づくり」(英語: policy-based evidence making)として批判されてきた。これに対し、Parkhurstは、科学的妥当性と民主的正統性の双方を満たす「証拠の良きガバナンス」を提唱している。[8]

こうした批判を踏まえ、近年の国際機関や研究実務では、「evidence-based policy」よりも「evidence-informed policy」や「evidence-informed decision-making」という表現が用いられることも多い。世界保健機関(WHO)は、最良の利用可能な証拠を政策やプログラムへ結び付ける取組としてEvidence-informed Policy Network(EVIPNet)を推進している。[14]

日本における展開

日本では2010年代後半以降、政府横断的にEBPMの推進が進められてきた。内閣府は、EBPMを「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること」と説明している。[15]

また、経済産業省は、統計等を積極的に利用した合理的根拠に基づく政策立案の必要性を掲げ、ロジックモデル整備、政策評価、研修、人材育成などの取組を進めている。経産省のEBPM関連ページや大規模事業EBPMの公表資料でも、効果検証の深掘りや分析モデルの整備が継続して進められている。[16][17]

学術的には、日本のEBPMは進展しつつある一方で、事前分析やロジックモデル作成が自己目的化しやすく、政策改善に資する証拠創出・活用まで十分に至っていないとする指摘がある。また、必要なデータ整備、政策効果を検証できる人材、政策担当部門と研究者の連携、証拠需要の喚起なども継続的な課題とされる。[18][19]

脚注

  1. EBPMガイドブック”. 内閣官房行政改革推進本部事務局 (2022年11月7日). 2026年5月2日閲覧。
  2. EBPMとは?ロジックモデルの活用や具体的な進め方、自治体の成功事例などを徹底解説 (2026年3月31日). 2026年5月2日閲覧。
  3. 内閣府におけるEBPMへの取組”. 内閣府. 2026年3月31日閲覧。
  4. EBPM(Evidence-Based Policy Making)に関連する取組”. 経済産業省. 2026年3月31日閲覧。
  5. Parkhurst, Justin (2017). The Politics of Evidence: From Evidence-Based Policy to the Good Governance of Evidence. Routledge. ISBN 978-1-138-57940-8
  6. Cairney, Paul (2016). The Politics of Evidence-Based Policymaking. Palgrave Macmillan. ISBN 978-1-137-51780-7
  7. The What Works Network (英語). GOV.UK. 2026年3月31日閲覧。
  8. 1 2 3 4 5 Parkhurst, Justin (2017). The Politics of Evidence: From Evidence-Based Policy to the Good Governance of Evidence. Routledge. ISBN 978-1-138-57940-8
  9. 1 2 3 Cairney, Paul (2016). The Politics of Evidence-Based Policymaking. Palgrave Macmillan. ISBN 978-1-137-51780-7
  10. The What Works Network (英語). GOV.UK. 2026年3月31日閲覧。
  11. Petticrew, Mark; Roberts, Helen (2003). “Evidence, hierarchies, and typologies: horses for courses”. Journal of Epidemiology and Community Health 57 (7): 527–529. doi:10.1136/jech.57.7.527.
  12. Oliver, Kathryn; Innvar, Simon; Lorenc, Theo; Woodman, Jenny; Thomas, James (2014). “A systematic review of barriers to and facilitators of the use of evidence by policymakers”. BMC Health Services Research 14: 2. doi:10.1186/1472-6963-14-2 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ).
  13. Petticrew, Mark; Roberts, Helen (2003). “Evidence, hierarchies, and typologies: horses for courses”. Journal of Epidemiology and Community Health 57 (7): 527–529. doi:10.1136/jech.57.7.527.
  14. Evidence-informed Policy Network (EVIPNet) (英語). World Health Organization. 2026年3月31日閲覧。
  15. 内閣府におけるEBPMへの取組”. 内閣府. 2026年3月31日閲覧。
  16. EBPM(Evidence-Based Policy Making)に関連する取組”. 経済産業省. 2026年3月31日閲覧。
  17. 大規模事業EBPM”. 経済産業省. 2026年3月31日閲覧。
  18. 小林, 庸平「日本におけるエビデンスに基づく政策形成(EBPM)の現状と課題」『日本評価研究』第20巻第2号、2020年、33-46頁、 doi:10.11278/jjoes.20.2_33
  19. 小林, 庸平「日本のEBPM(エビデンスに基づく政策形成)はなぜ機能しないのか?―日米比較とEvidence-Support Systemから考察―」『日本評価研究』第25巻第1号、2025年、21-35頁。

参考文献

  • Parkhurst, Justin (2017). The Politics of Evidence: From Evidence-Based Policy to the Good Governance of Evidence. Routledge. ISBN 978-1-138-57940-8 
  • Cairney, Paul (2016). The Politics of Evidence-Based Policymaking. Palgrave Macmillan. ISBN 978-1-137-51780-7 
  • Oliver, Kathryn; Innvar, Simon; Lorenc, Theo; Woodman, Jenny; Thomas, James (2014). “A systematic review of barriers to and facilitators of the use of evidence by policymakers”. BMC Health Services Research 14: 2. doi:10.1186/1472-6963-14-2 {{doi}}: 明示されていないフリーアクセスDOI (カテゴリ). 
  • Petticrew, Mark; Roberts, Helen (2003). “Evidence, hierarchies, and typologies: horses for courses”. Journal of Epidemiology and Community Health 57 (7): 527–529. doi:10.1136/jech.57.7.527. 
  • 小林, 庸平「日本におけるエビデンスに基づく政策形成(EBPM)の現状と課題」『日本評価研究』第20巻第2号、2020年、33-46頁、 doi:10.11278/jjoes.20.2_33 

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