オーギュスト=マリー・トーネーとは? わかりやすく解説

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オーギュスト=マリー・トーネー

(Auguste Marie Taunay から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/20 07:37 UTC 版)

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オーギュスト=マリー・トーネー(Auguste-Marie Taunay、1768年5月23日 - 1824年4月24日)はフランスの彫刻家である。

略歴

パリに生まれた。兄に画家となったニコラ=アントワーヌ・トーネーがいる。パリのエコール・デ・ボザールに入学し、モワット(Jean Guillaume Moitte)のもとで彫刻を学んだ.[1]。24歳になった1792年にローマ賞の彫刻部門で1位を受賞したが、フランス革命の不安定な政治状況であったため、ローマ留学は行えなかった[2]。1802年から1807年の間は国立セーヴル陶磁器製作所で、彫刻家として働いた。フランス第一帝政の時代になって、1897年にカルーゼル凱旋門を飾る騎兵の像を制作などの仕事をした。帝政下のサロン・ド・パリに何度か出展し、その中にはナポレオンの像もあった。

ナポレオンの帝政が終わると、ナポレオンのために働いた芸術家の何人かは、ルブルトン(Joachim Lebreton)が組織した、「フランス美術家使節団」(Missão Artística Francesa )のメンバーになってブラジルに渡り、新たに設立されたブラジル帝立美術アカデミー(Academia Imperial de Belas Artes)で教えることになった。トーネーは兄とともに、この使節団に加わり1816年3月にリオデジャネイロに到着した[3]

帝立美術アカデミーの彫刻の教授に任命されたが、実際にはアカデミーでは教えなかった。1818年に使節団のメンバーの建築家、グランジャン・ド・モンティニー(Grandjean de Montigny)と画家のジャン=バティスト・デブレ(Jean-Baptiste Debret)とポルトガル王、ジョアン6世の祝祭行事のために「Largo do Paço」の装飾の仕事をした。1824年にリオデジャネイロで没した。

脚注

参考文献

  • Académie royale de peinture et de sculpture (1892). Procès-verbaux de l'Académie royale de peinture et de sculpture, 1648-1793. J. Baur. Retrieved 2014-02-15.
  • Sadlier, Darlene J. (2010-01-01). Brazil Imagined: 1500 to the Present. University of Texas Press. ISBN 978-0-292-77473-5. Retrieved 2014-02-15.
  • "Taunay, Auguste–Marie (1768–1824)". Encyclopédie Itaú Cultural arts visuels (in French). 4 October 2013. Retrieved 2014-02-15.
  • Williams, Daryle (2001-07-12). Culture Wars in Brazil: The First Vargas Regime, 1930–1945. Duke University Press. ISBN 0-8223-2719-8. Retrieved 2014-02-15.



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