蕭鑑とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 蕭鑑の意味・解説 

蕭鑑

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/14 10:10 UTC 版)

蕭 鑑(しょう かん、471年 - 491年)は、南朝斉皇族。始興簡王。宣徹。高帝蕭道成の十男。

経歴

蕭道成と何太妃のあいだの子として生まれた。昇明3年(479年)、蕭道成が斉王となると、蕭鑑は開国県公に封じられた。同年(建元元年)、蕭道成が皇帝に即位すると、広興王に封じられ、後に始興王に改封された。

永明2年(484年)、武帝により持節・都督益寧二州諸軍事・前将軍益州刺史に任じられた。蕭鑑は学問を好み、文章を得意とし、記室参軍の蔡仲熊と張儀楼に登って、先人の言行と蜀土の人物について評論しあった。広漢郡什邡県の民の段祖が古礼器の錞を蕭鑑に献上した。銅馬に水をそそいで、あふれた水のしたたるのを錞の器に受けさせると、玲瓏な良音を響かせた。永明5年(487年)、蕭鑑は長さ9尺3寸紅色の龍角1枚を武帝に献上した。永明8年(490年)、安西将軍に進んだ。

永明9年(491年)、散騎常侍・秘書監となり、領石頭戍事をつとめた。左衛将軍に転じたが、受けないうちに病床についた。武帝は南康王蕭子琳の青陽巷の新居が落成した祝いの宴会を開いていたが、その日に蕭鑑の病が重くなったと聞くと、容態を問う使者を何度も派遣し、宴の音楽を止めるよう命じた。まもなく蕭鑑は死去した。享年は21。中軍将軍の位を追贈された。は簡といった。

伝記資料




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「蕭鑑」の関連用語

1
12% |||||

2
10% |||||

3
10% |||||

4
4% |||||

5
4% |||||

蕭鑑のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



蕭鑑のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの蕭鑑 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS