穂積濃美麻呂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/29 15:20 UTC 版)
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時代 | 奈良時代 |
官位 | 外正八位上 |
氏族 | 穂積臣(穂積朝臣?) |
父母 | 父:穂積男麻呂(穂積老?[1])、母:芦屋漢人富主女 |
子 | 兄麻呂、忍麻呂 |
穂積 濃美麻呂(ほづみ の のみまろ)は、奈良時代の人物。後世に大族・鈴木氏を出した紀州熊野系の穂積氏の祖。
経歴
当初は摂津国島上郡野身里に居住していたが、紀伊国牟婁郡熊野に下向して熊野大社の神職となった。
系譜
宮内庁書陵部蔵『華族系譜61 亀井家』[2]による。
脚注
- ^ a b 「穂積系図」「物部大連系図」太田亮『姓氏家系大辞典』所収
- ^ “華族系譜61 亀井家 - 書陵部所蔵資料目録・画像公開システム”. 宮内庁書陵部. 2025年7月15日閲覧。
参考文献
- 鈴木淳介『穂積姓鈴木氏 - 紀州徳川二七〇年鈴木家系譜』1982年
関連項目
- 穂積濃美麻呂のページへのリンク