白川金色院とは? わかりやすく解説

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白川金色院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/08 06:47 UTC 版)

白川金色院(しらかわこんじきいん)は京都府宇治市白川にあった寺院。1102年に藤原頼道の娘の四条宮寛子によって平等院の奥院として建立されたため、白川別所とも呼ばれる。[1]1460年に放火によって焼失し、再興されたものの明治の廃仏毀釈により廃寺となった。1993年から宇治市による発掘調査が行われており、現在は惣門と九重石塔が現存している。


  1. ^ ふるさと白川を考える四人グループ編著『思いっきり白川のこと』p49
  2. ^ 林屋辰三郎、藤岡謙二郎編『宇治市史6 宇治川西部の生活と環境』p317
  3. ^ 竹村俊則著『昭和京都名所圖會 7南山城』p101
  4. ^ 梅原猛「京都発見(一)地霊鎮魂」p233
  5. ^ 宇治市文化財愛護協会編『宇治の散歩道 第二集・中宇治地域編』p92
  6. ^ 宇治市教育委員会「白川金色院跡発掘調査報告書 宇治市文化財調査報告第6冊」
  7. ^ 宇治市の文化財(宇治市サイト、2017年9月3日閲覧)
  8. ^ 国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について(平成29年5月27日)
  9. ^ a b 『京都・山城寺院神社大事典』p274


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