玉野村 (岡山県)とは? わかりやすく解説

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玉野村 (岡山県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/21 13:25 UTC 版)

たまのそん
玉野村
廃止日 1906年4月1日
廃止理由 新設合併
玉野村(玉) → 日比町
玉野村(宇野) → 宇野村
現在の自治体 玉野市
廃止時点のデータ
日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 岡山県
児島郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
隣接自治体 田井村、荘内村、日比村
玉野村役場
所在地 岡山県児島郡玉野村大字玉
旧・玉野村役場庁舎位置
(現在の玉公園付近)[1]
座標 北緯34度28分52秒 東経133度56分06秒 / 北緯34.481111度 東経133.93505度 / 34.481111; 133.93505 (玉野村)座標: 北緯34度28分52秒 東経133度56分06秒 / 北緯34.481111度 東経133.93505度 / 34.481111; 133.93505 (玉野村)
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玉野村(たまのそん)は、岡山県児島郡にあった地方公共団体である。

現在の同県玉野市の名称の由来となった村であり、村域も現在の玉野市内に含まれるが、玉野村は分村・消滅しているため、玉野市の前身ではない。

概要

1889年(明治22年)6月1日、町村制が施行されたことを受けて、児島郡宇野村(現在の玉野市宇野築港)と同郡玉村(現在の玉野市玉・玉原・奥玉)の両村が合併して同郡玉野村を置いた。名称は両地より一文字ずつ取った合成地名である[2]

しかし、1906年(明治39年)4月1日、旧宇野と旧玉が分村し、宇野は東隣となる同郡田井村(現在の田井)と合併して新たに同郡宇野村を設置。玉は西隣となる同郡日比村(現在の日比・和田・渋川など)と合併し、同郡日比町となり、玉野村は消滅した[2]

その後1940年(昭和15年)3月3日、宇野村から町制施行した宇野町と日比町が合併し、新市を新設することとなり、新市名としてかつて両町域にまたがって存在していた玉野村に由来して玉野市とした[2]

歴史

  • 1889年明治22年)6月1日 - 町村制の施行により、児島郡玉村・宇野村の区域をもって発足。
  • 1906年(明治39年)4月1日 - 玉と宇野が分村して日比町と宇野村が発足。同日玉野村廃止。

脚注

  1. ^ 1/20000田井村 明治30年測図・明治32.12.25発行今昔マップ on the web
  2. ^ a b c 巌津政右衛門 『岡山地名事典』日本文教出版社(1974年)

参考文献

  • 巌津政右衛門 『岡山地名事典』日本文教出版社(1974年)

関連項目




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