浅草染千代とは? わかりやすく解説

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浅草染千代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/30 04:45 UTC 版)

浅草 染千代(あさくさ そめちよ、本名:石原 孝子、1917年8月7日[1] - 1945年3月14日)は、日本の女性歌手[2]

戦前に芸者歌手として活動した。和歌山県出身[注釈 1]

来歴

和歌山で女学生だった頃に息子を出産して未婚の母となり、花柳界入り[要出典]

1937年5月、ポリドールレコードから専属歌手としてデビュー[1]。実家の家族に支えられ、息子を育てながら歌手活動をしていたという。大ヒットには恵まれなかったが、線の細い控えめな歌声でファンを魅了した。代表曲に『倅でかした』『しぐれ旅』『銃後の妻』など。

1945年3月14日、大阪大空襲で死亡。数日後、一緒に慰問をしていた歌手の田端義夫らによって発見され、荼毘に付された[3]

脚注

  1. ^ a b レコード世界社編『レコード音楽技芸家銘鑑 昭和十五年版』レコード世界社、1940年10月、260頁。 
  2. ^ 浅草染千代
  3. ^ 「あの日 昭和20年の記憶」2005年7月25日放送

注釈

  1. ^ 『レコード音楽技芸家銘鑑 昭和十五年版』は淀橋区角筈生れとする。



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