松平忠泰_(桑名藩嫡子)とは? わかりやすく解説

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松平忠泰 (桑名藩嫡子)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/02/14 07:49 UTC 版)

松平 忠泰(まつだいら ただやす、元文2年(1737年) - 宝暦13年1月20日1763年3月4日))は、伊勢国桑名藩の嫡子。第2代藩主・松平忠刻の長男。正室は松平武元の娘。官位は従五位下、豊後守。

父・忠刻が桑名藩嫡子となる前に生まれ、父の藩主就任に伴って世子となる。宝暦7年(1757年徳川家重に拝謁し叙任するが、家督を継ぐことなく宝暦13年(1763年)に早世した。代わって、弟の忠啓が嫡子となった。

法名は天麟宗玉俊良院。




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