岡田健次郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/24 05:40 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動岡田 健次郎(おかだ けんじろう、安政5年1月22日(1858年3月7日)[1] - 1940年(昭和15年)[2])は、明治から昭和時代前期の政治家。埼玉県北足立郡蕨町長。別号に如水[2]。
経歴・人物
島田篁村の塾で漢学を学ぶ[2]。1876年(明治9年)蕨宿戸長となり、美女木村連合戸長を経て、1889年(明治22年)5月に蕨町助役に就任する[1][2]。ついで、1906年(明治39年)7月、同町町長に就任した[1]。
蕨駅開設、蕨地区織物整理検査所創立などに尽力した[2]。ほか、大宮商業銀行取締役、県農工銀行・武州銀行の監査役などを歴任した[2]。
栄典
- 勲章等
- 勲八等白色桐葉章
- 1920年(大正9年)6月 - 勲七等青色桐葉章
親族
- 長男:岡田徳輔(蕨市長)
脚注
参考文献
- 帝国地方行政学会 編 『自治制発布五十周年記念帖』 帝国地方行政学会、1938年 。
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