岡崎朋美とは? わかりやすく解説

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岡崎朋美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/08 10:37 UTC 版)

岡崎朋美
2006年の岡崎
基本情報
国籍 日本
所属 富士急行
誕生日 (1971-09-07) 1971年9月7日(54歳)
出身地 北海道斜里郡清里町
身長 163cm
体重 63kg
獲得メダル
スピードスケート
オリンピック
銅 1998 長野 女子500m
世界距離別選手権
銅 1996 ハーマル 500m
銅 1998 カルガリー 500m
銅 1999 ヘーレンフェーン 500m

岡崎 朋美(おかざき ともみ、本名:安武朋美〈旧姓:岡崎〉 1971年9月7日 - )は、北海道斜里郡清里町出身の日本の元スピードスケート選手。聖徳大学客員教授。現:日本カーリング協会会長。

1998年長野オリンピックスピードスケート女子500メートル銅メダリスト。1994年リレハンメルオリンピック、1998年長野オリンピック、2002年ソルトレークシティオリンピック、2006年トリノオリンピック、2010年バンクーバーオリンピックと、5度の冬季オリンピックに出場。2008年北京オリンピック日本代表(自転車トラックレース女子スプリント)の佃咲江(北海道網走郡美幌町出身)は、北海道釧路星園高等学校スピードスケート部の後輩である。

略歴

実家は酪農業だった。小学3年生でスケートを始め、清里中学校、釧路星園高校を経て、富士急行へ入社。それまではインターハイでも4位と無名だったが、富士急スケート部の監督だった長田照正が高校2年の岡崎を見てその素質を見抜きスカウト。先輩である橋本聖子とともに練習を重ね、才能を開花させる。

1998年長野オリンピックで日本女子短距離として初めてメダル(銅)を獲得し、そのさわやかな笑顔は「朋美スマイル」と呼ばれ全国的な人気者となった。その後は椎間板ヘルニアに悩まされるもカムバック。

2002年ソルトレークシティオリンピック500メートルで当時の日本記録を樹立。2005年1月には通算7度目となる日本記録の更新(37秒73)を達成。社業でも1998年長野オリンピック後に富士急行の課長代理に昇進。その後日本新記録を出して課長、記録更新で次長代理となり、最終的には宣伝部次長まで昇進している。

2006年トリノオリンピックでは、日本選手団の主将を務める。風邪による体調不良のハンデを背負いながらも、500メートルでは1本目、2本目共に38秒46をマークし、4位入賞を果たした。同年12月の全日本スプリント選手権では年齢による体力の衰えを感じさせないスケーティングで9年振り3度目の総合優勝を達成。表彰式のプレゼンターは岡崎が尊敬する富士急の元先輩・橋本聖子(当時日本スケート連盟会長)で、表彰状授与式で橋本が「表彰状・・・優勝、岡崎朋美。35歳!」と、岡崎の当時の実年齢までアドリブで読み上げ、会場内の笑いを誘う一幕もあった。

2007年8月27日、元アスリートの安武宏倫氏との婚約を発表。11月24日、所属する富士急行系列のハイランドリゾートホテル&スパにて結婚式を執り行った。

2009年12月、長野市のエムウエーブで行なわれた2010年バンクーバーオリンピック代表選考会で総合2位となり、冬季オリンピックの日本女子で最年長、最多の5大会連続出場を果たした。2010年バンクーバーオリンピック開会式にて日本選手団の旗手を務め、競技では500メートル16位、1000メートル34位となる。スピードスケート人気の高いオランダでは岡崎朋美ファンクラブがあり、オランダ国外の大会にも遠征するほどの熱心なファンが存在した[1]。

2010年8月、妊娠を発表し、同年12月23日に第一子となる長女を出産した。常に限界を考えずマイペースをモットーとしているため、現役中は年齢をさほど気にしていなかったといい、日本女子では通算最多記録となる6度目の冬季オリンピックで42歳となる2014年ソチオリンピック日本代表も目指していた[2]。だが2013年12月28日、エムウエーブで行われた2014年ソチオリンピック代表選考会の500メートルで6位に終わり、ソチオリンピック出場が絶望的となったことで現役引退を表明した[3]。

2015年10月31日付で宣伝部次長を最後に富士急行を退社、アドバイザーへの転任を発表した。翌11月1日付よりよしもとクリエイティブ・エージェンシーとマネジメント契約を結び、活動の場を広げる意向を表明した[4]。なお、橋本参議院議員同様に岡崎自身も「現役中も2回程(国政に)オファーがありました」と政界打診があったとし、岡崎は「私はスケートがやりたいのでと(断った)。聖子さんには憧れていますが、私は議員というタイプではないです。違う分野で頑張りたいです」と政界転身は行わなかったと述べている[5]。

2019年11月24日に青森県の八戸市スポーツ大使委嘱となる[6]。

2020年3月にカナダで第12回マスターズ国際スプリントゲームズに出場。F45(45歳以上50歳未満)のカテゴリー500m・スプリントサマリー(4種目総合ポイント)で世界新を記録、金メダルを獲得した[7]。

2021年6月27日に1年延期された東京オリンピックの聖火リレーの山梨県2日目のランナーとして登場した[8]。

2026年1月13日に「GATE」への移籍を発表した[9]。

2022年に日本カーリング協会の外部招聘理事に就任、2026年8月の協会役員改選に於いて会長に就任した[10]。

主な成績

その他

  • 動物が大好きでミニチュアダックスフントの「ゴールド」を飼育していたが現役中に死去。その後は自身のスケート靴のブレードカバーには"Gold"というロゴを付けていた。
  • 子供のころ家にあったバイクを庭で乗りまわして遊んだこともあったという程の車、バイク好きで知られ、富士急行に入社時頃に読む雑誌は車関係のものが多かったとのこと。はじめて免許を取って購入したのが三菱・ギャラン。その後日産・スカイライン、三菱・パジェロエボリューションに乗り換えている。1999年には大型自動二輪免許を取得し、ヤマハ発動機のXJR1300に乗っていた時期もあったが、2006年現在は安全のため乗らないようにしている。
  • 2015年11月9日、吉本興業東京本部にて取材に応じた岡崎は「“滑る”、“スベリ芸人”…とかメールはくるけど、スポーツなので芸人ではないです!」とコメントし記者陣を大爆笑させた。

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メディア出演

現在の出演番組

レギュラー出演


過去の出演番組

レギュラー番組

単発番組

ラジオ

雑誌

  • Domani2016年1月号(小学館)著名人10人が自身の35歳前後を振り返って、今のアラサー女性たちにアドバイス企画。

脚注

  1. ↑ “スピードスケート「世界距離別選手権」-会場ではフクロウ救出計画も進行”. バンクーバー経済新聞. 2014年2月8日閲覧。
  2. ↑ “岡崎朋美「安武姓の新人でソチに出ようかな」”. 読売新聞 (2010年2月19日). 2010年3月19日閲覧。
  3. ↑ “ママさん岡崎朋美 6位でソチ五輪絶望的 現役引退を表明”. スポーツニッポン (2013年12月28日). 2014年2月9日閲覧。
  4. ↑ 岡崎朋美さんが富士急行を退社「チャレンジ決断」よしもと入社へ スポーツニッポン 2015年11月2日
  5. ↑ 元スピードスケートメダリスト・岡崎朋美が吉本入り 現役中には政界打診あった ORICON STYLE 2015年11月9日
  6. ↑ “八戸市スポーツ大使について”. 八戸市. 2026年4月30日閲覧。
  7. ↑ “岡崎朋美がマスターズ世界新! 第12回マスターズ国際スプリント・ゲームズ4種目総合で金!”. よしもとスポーツ. 吉本興業 (2020年3月4日). 2026年4月30日閲覧。
  8. ↑ “6月27日(日)山梨県 - 東京2020オリンピック聖火リレー”. NHK. 2021年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月1日閲覧。
  9. ↑ “長野五輪銅メダリスト・岡崎朋美、芸能事務所「GATE」とマネジメント契約 馬場雄大、ハリセンボン、ベッキーら在籍”. オリコンニュース(ORICON NEWS) (2026年1月13日). 2026年4月30日閲覧。
  10. ↑ 「日本カーリング協会の新会長に元スピードスケート岡崎朋美氏が就任 他競技から異例の起用」『日刊スポーツNEWS』日刊スポーツホールディングス、2026年8月8日。2026年8月8日閲覧。
  11. ↑ “くりぃむクイズ ミラクル9”. テレビ朝日. 2016年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月1日閲覧。
  12. ↑ “BS日テレ - おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR,NO LIFE! - #186 岡崎朋美”. BS日テレ. 2016年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年5月1日閲覧。

関連項目

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