嫌悪派とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 嫌悪派の意味・解説 

嫌悪派

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/20 10:05 UTC 版)

サー・ジョージ・ジェフリーズ英語版、1678年から1680年ごろ。

嫌悪派英語: Abhorrers)は、1679年にイングランド王チャールズ2世に請願を出し、議会開会を求めた請願派に対し、嫌悪感を示した人物の呼称[1]

1679年時点ではイングランドでの反カトリック感情、特にヨーク公ジェームズ(のちの国王ジェームズ2世)への反感が強く、庶民院王位排除法案を可決したほどだった[1]。一方で初代モンマス公爵ジェイムズ・スコット(チャールズ2世の庶子)は人気が高かった[1]

王位排除法案が正式に成立することを防ぐべく、チャールズ2世は1679年7月に議会を解散し、続く排除法議会英語版にも1679年10月に停会を命じた[1]。そのため、チャールズ2世のもとには開会を求める請願が殺到した[1]。この状況に対し、サー・ジョージ・ジェフリーズ英語版フランシス・ウィセンス英語版は演説で「請願派」への「嫌悪」(abhorrence)を表明し、ここに国王の行動を支持する嫌悪派が成立した[1]。同時代の伝記作家ロジャー・ノース英語版が「全イングランドがばか騒ぎに陥った」と形容したように、請願派に反発する形で今度は嫌悪派の請願が全国各地からチャールズ2世のもとに殺到した[1]

ブリタニカ百科事典第11版』は「ホイッグ党」「トーリー党」といった名称がはじめて用いられた理由を嫌悪派と請願派の論争に帰した[1]

出典

  1. ^ a b c d e f g h Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Abhorrers" . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 1 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 62.

関連図書

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  嫌悪派のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「嫌悪派」の関連用語

嫌悪派のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



嫌悪派のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの嫌悪派 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS