嘯月庵雲僲とは? わかりやすく解説

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嘯月庵雲僲

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/15 16:17 UTC 版)

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嘯月庵 雲僲(しょうげつあん うんせん) / 渡辺 雲僲(わたなべ うんせん、1892年明治25年) - 1972年昭和47年)9月9日、本名:渡辺 俊彦)は、日本画家[1]

経歴

広島県安芸郡矢野村(現・広島市安芸区矢野)で、造り酒屋の次男として生まれた[1]。11歳の時に広島の里見雲嶺に学ぶ[2][1]。初号は啓迪(けいてき)[2]。後に京都鈴木松年に学び、嘯月庵雲僲(しょうげつあん うんせん)に改める[2]。深く禅宗に参禅し、僧籍をもつ[2]。25歳の時に大分県中津に移り住む[1]。30歳の時に耶馬渓に「雲僲窟」と名づけた庵を建て[3]、生涯をかけて耶馬溪を描き続けた[2]。作品に「深耶馬渓錦豊」「羅漢寺白光」(大分市美術館所蔵)[4]や「金鱗玉藻」(広島県立美術館所蔵)[5]、600枚もの「耶馬探勝図」等がある[2]。1972年、中津の自宅で死去した[1]

出典・脚注

  1. ^ a b c d e 渡辺雲僲(その二) 山﨑達夫 2018年7月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 渡辺雲僲 耶馬渓風物館耶馬渓アジサイ園 2018年7月9日閲覧。
  3. ^ 古羅漢の庵、改修 老朽化、規模縮小し休憩場所に 大分合同新聞 2018年7月9日閲覧。
  4. ^ 大分市美術館所蔵作品画像「羅漢寺白光」「耶馬溪錦豊」”. URARASAN. 2012年9月1日閲覧。
  5. ^ 金鱗玉藻 文化遺産オンライン 2018年7月9日閲覧。

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