元献皇后とは? わかりやすく解説

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元献皇后

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/17 04:38 UTC 版)

元献皇后(げんけんこうごう、? - 729年)は、玄宗の妃嬪で粛宗の生母。皇后を追贈された。姓は楊氏。妃嬪として楊貴嬪とも呼ばれる。

生涯

景雲元年 (710年)8月、皇太子の李隆基(後の玄宗)の後宮に入った。まもなく妊娠したが、その頃玄宗は太平公主の勢力を恐れ、子供も新たには欲せず、楊氏の子を堕胎しようとした。しかし、玄宗は自ら堕胎薬を煮ている間に、薬缶がひっくり返る夢を見た。玄宗は夢の内容を張説と相談した。張説が堕胎が不吉と言ったため玄宗は取りやめ、粛宗は無事に誕生した。

玄宗の即位後には斉国公主を産んだ。玄宗は、張説が息子の命を救ってくれたことに感謝していたため、斉国公主を張説の次男の張垍と結婚させた。

開元17年(729年)、楊氏は病死し、細柳原に葬られた。

粛宗は開元26年(738年)に皇太子に立てられ、至徳元載(756年)に即位した。玄宗は粛宗に譲位して上皇になったが、その命により楊氏は元献皇后の諡号で皇后位を追贈された。また、泰陵に改葬された。

伝記資料




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