伊達敦宗とは? わかりやすく解説

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伊達敦宗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/09/12 18:43 UTC 版)

伊達 敦宗(だて あつむね、生没年不詳)は、久保田藩士で同藩の相手番。国分氏の後進の秋田伊達氏7代目当主。父は久保田藩家老伊達峯宗(備前)。通称は外記。夫人は久保田藩士の古内蔵人の娘[1]

代々の秋田伊達氏当主と同様、藩主佐竹義敦より一字を拝領する。明和8年(1771年)に相手番となる。嗣子なく、弟の伊達敦重が秋田伊達氏の家督を相続。

脚注

  1. ^ 秋田武鑑の古内家系図に「伊達外記敦宗室」の記述がある

参考文献

  • 三浦賢童編「秋田武鑑 全」(無明堂出版、昭和56年初版、原著は「久保田家中分限帳」の著者)



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