ヴィルヘルム・リンデンシュミット (父)とは? わかりやすく解説

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ヴィルヘルム・リンデンシュミット (父)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/04 08:40 UTC 版)

ヴィルヘルム・リンデンシュミット
Wilhelm Lindenschmit dÄ
家族との自画像
誕生日 1806年3月9日
出生地 フランス帝国マインツ
死没年 1848年3月12日
死没地 バイエルン王国ミュンヘン
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ヴィルヘルム・リンデンシュミット(Wilhelm Lindenschmit der Ältere、1806年3月9日 - 1848年3月12日)はドイツの画家である。歴史画、装飾画を描いた。同名の息子、ヴィルヘルム・リンデンシュミット(Wilhelm von Lindenschmit der Jüngere:1829-1895)も画家になった。

略歴

マインツで彫金家の息子に生まれた。1823年からミュンヘン美術院で学び、1824年から1825年はウィーン美術アカデミーで学んだ。デュッセルドルフ美術アカデミーの校長であったペーター・フォン・コルネリウスがミュンヘン美術院に移ってきたのに合わせて、ミュンヘンに戻り、1828年までコルネリウスの助手として、壁画、装飾画の製作を手伝った。

その後も装飾画を手がけ主な作品にはホーフガルテンのアーケードに描いた『ルートヴィヒ9世アルブレヒト・アヒレスのギーンゲンの戦い』("Sieg Ludwigs des Reichen über Albrecht Achilles von Brandenburg bei Giengen an der Brenz")やアルテ・ピナコテークに描いた『ダビンチの生涯』("Leben des Leonardo da Vinci")やホーエンシュヴァンガウ城の壁画などがある。1830年のはミュンヘンの協会、Alte Pfarrkirche St. Margaretの外壁に装飾画を描いた。油絵も描いた。1848年にザクセン=マイニンゲン公国に宮廷画家として招かれたが、実現する前に、42歳で亡くなった。

作品

参考文献




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