リキサ・ア・ダンマーク (スウェーデン王妃)とは? わかりやすく解説

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リキサ・ア・ダンマーク (スウェーデン王妃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/28 14:27 UTC 版)

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リキサ・ア・ダンマーク
Rikissa af Danmark
スウェーデン王妃
リキサの墓石
在位 1210年 - 1216年

出生 1180年ごろ
死去 1220年5月8日
 デンマーク
埋葬  デンマーク、リングステズ
結婚 1210年
配偶者 エリク10世
子女 ソフィア
マルタ
マリアンネ
インゲボリ
エリク11世
家名 エストリズセン家
父親 デンマーク王ヴァルデマー1世
母親 ソフィヤ・ウラジミロヴナ
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リキサ・ア・ダンマーク(デンマーク語:Rikissa af Danmark, スウェーデン語:Rikissa Valdemarsdotter, 1180年ごろ - 1220年5月8日)は、エリク家スウェーデン王エリク10世の王妃で、エリク11世の母。

生涯

リキサはデンマーク王ヴァルデマー1世ミンスク公ソフィヤ・ウラジミロヴナの間の娘である。リキサの名は、もともとロタリンギアブルグントの女性の名であったが、母方の祖母リクサ・ボレスワヴヴナから名付けられた[1]1210年ごろ、スヴェルケル2世を廃位して新しく王位についたエリク10世は、従来スヴェルケル家を支持し、ノルウェーを支持していたエリク家とは敵対関係にあったデンマークと和平を結ぼうと考えた。このため、デンマーク王ヴァルデマー2世の妹リキサがエリク10世と結婚することとなった。

後世に伝わる民謡によると、リキサがスウェーデンに着いたとき、馬車ではなく馬に乗るよう求められたことに驚いた。生国デンマークでは馬車に乗るのが普通であったためであるが、スウェーデンの貴族の女性や女官は、リキサが自身の慣習を通そうとするより、スウェーデンの慣習に従うよう促した[2]

リキサは夫エリク10世の存命中は娘しか産まれなかった。エリク10世は1216年に死去したが、そのときリキサは身ごもっており、夫の死後に唯一の息子であるエリク11世を産んだ。しかしエリク10世の遺族はスウェーデンから追放され、エリク10世の後にはスヴェルケル家ヨハン1世が王位についた。リキサが死去したのはデンマークで、息子の即位(1222年)も、娘たちの結婚も見届けることはできなかった。リキサはリングステズに埋葬された。リキサ個人について具体的にわかっていることはないが、彼女の子孫にリキサの名がよく付けられていることから、人気があったとみられる[3]

子女

脚注

  1. ^ Hans Gillingstam. "Rikissa", Svenskt biografiskt lexikon, https://sok.riksarkivet.se/SBL/Presentation.aspx?id=6755
  2. ^ A.M. Strinnholm, Svenska folkets historia, Vol. IV. Stockholm: Hörbergska, 1852, pp. 241-2.
  3. ^ Hans Gillingstam. "Rikissa", Svenskt biografiskt lexikon, https://sok.riksarkivet.se/SBL/Presentation.aspx?id=6755

参考文献

  • Åke Ohlmarks: Alla Sveriges drottningar. Stockholm: Gebers, 1973.



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