マヌエル・ロドリゲス愛国戦線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/17 14:39 UTC 版)
マヌエル・ロドリゲス愛国戦線 Frente Patriótico Manuel Rodríguez |
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FPMRの党旗
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成立年月日 | 1983年 |
解散年月日 | 1999年 |
政治的思想 | 共産主義 |
マヌエル・ロドリゲス愛国戦線 (マヌエル・ロドリゲスあいこくせんせん、スペイン語:Frente Patriótico Manuel Rodríguez、略称:FPMR)はチリに存在した左翼政党、その分派集団。
チリ共産党の軍事部門として1983年12月14日に設立された組織であり、1986年9月にアウグスト・ピノチェト暗殺未遂事件を引き起こす[1][2]。組織名はチリ独立の英雄の1人であるロドリゲス・エルドイサ (Manuel_Rodríguez_Erdoíza) に由来する[1][3]。
1987年以降、チリ共産党指導下の主流派は武装闘争路線を休止していくが、反主流派が分派して活動を継続していく[1][4]。反主流派は1991年に在チリ・アメリカ大使館を襲撃するなど活動を続けており、2000年代にチリ国内で発生した連続爆破事件にも関与したとされている[1][5]。
脚注
出典
- ^ a b c d “「マヌエル・ロドリゲス愛国戦線」(FPMR)”. 国際テロリズム要覧. 公安調査庁. 2025年8月17日閲覧。
- ^ 吉田秀穂 (1989). “ラテンアメリカの政治変動 チリ:国民投票とその後の情勢”. ラテンアメリカレポート (アジア経済研究所) (18): 17-24. doi:10.11501/4423539.
- ^ 桜井悌司 (2022年5月10日). “ラテンアメリカ主要国の著名文化人・スポーツ選手等の人名録(チリ編)”. ラテンアメリカ協会. 2025年8月15日閲覧。
- ^ 高橋正明『チリ・嵐にざわめく民衆の木よ』大月書店、1990年、20-21頁。doi:10.11501/13286877。
- ^ “1992 Global Terrorism: Appendix B (Info on Terrorist Groups)”. 2015年2月25日閲覧。
外部リンク
- マヌエル・ロドリゲス愛国戦線のページへのリンク