グレプ・スヴャトスラヴィチ (スモレンスク公)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/19 13:42 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動グレプ・スヴャトスラヴィチ Глеб Святославич |
|
---|---|
スモレンスク大公 | |
在位 | 1392年 - 1395年 |
|
|
出生 | 1355年頃 |
死去 | 1399年 |
子女 | ドミトリー |
家名 | リューリク家 |
父親 | スモレンスク大公スヴャトスラフ |
グレプ・スヴャトスラヴィチ(ロシア語: Глеб Святославич、1355年頃 - 1399年)は、スモレンスク大公スヴャトスラフの長男である。スモレンスク大公:1392年 - 1395年。
生涯
1386年、リトアニア大公国とのヴィフラ川の戦いに参加するが、捕虜となってリトアニアへ連行された。1389年にはヴィータウタスによってドイツ騎士団に身柄を預けられた。
1392年、スモレンスク公位に就いた。しかし1395年、リトアニアに捕縛され、スモレンスクはリトアニアに併合された。グレプはリトアニア大公国領のポロンノエ(ru)を与えられた。その後、リトアニアに属して1399年のヴォルスクラ川の戦いに参加し、死亡した。
息子のドミトリーはジジェムスキー家(ru)とソロメレツキー家(ru)、イヴァンはコルコジノフ家(ru)の祖となり、家名を残している。
参考文献
- Экземплярский А. В. Глеб Святославич, князь смоленский // Энциклопедический словарь Брокгауза и Ефрона : в 86 т. (82 т. и 4 доп.). — СПб., 1890—1907.
|
|
|
- グレプ・スヴャトスラヴィチ_(スモレンスク公)のページへのリンク