キャンシャン (通報艦)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/18 14:15 UTC 版)
キャンシャン (Kien-Chan) はフランス海軍の通報艦[1]。
元はイギリス商船「Toey Wan」で、1860年3月15日に購入された[1]。推進器は外車で、80公称馬力(1867年以降は60)[1]。寸法、トン数は不詳[1]。乗員は30から44名で、砲2門(のち4門)搭載であった[1]。
1860年3月20日就役[1]。1860年の大沽砲台攻撃の際、病院船として用いられた[1]。
1863年7月8日、横浜から長崎へ向かっている途中で関門海峡を通過したところ、長州藩の砲台から砲撃を受け艦尾や外車などに被弾した[2]。フランス側は敵意を持っていると誤解されたと思い、ボートを降ろして説明に向かおうとしたが、攻撃を受けて死者が出た[3]。「キャンシャン」は18発撃ったのみで、長州側の被害は破片で少年一人が怪我をしたり、海岸の石垣が壊れたといったもののみあった[4]。
1873年10月30日、除籍[1]。サイゴンで1876年に解体された[1]。
脚注
参考文献
- 古川薫『幕末長州藩の攘夷戦争 欧米連合艦隊の来襲』中央公論社、1996年、ISBN 4-12-101285-2
- Stephen S Roberts, French Warships in the Age of Steam 1859-1914: Design, Construction, Careers and Fates, Seaforth Publishing, 2021
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