アゼルバイジャン1991独立住民投票
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/12/17 17:00 UTC 版)
現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。 削除についての議論は、削除依頼の依頼サブページで行われています。削除の議論中はこのお知らせを除去しないでください。 この項目の執筆者の方々へ: まだ削除は行われていません。削除に対する議論に参加し、削除の方針に該当するかどうか検討してください。また、本項目を既に編集されていた方は、自身の編集した記述内容を念のために控えておいてください。 |
1991年アゼルバイジャン独立住民投票(1991ねんアゼルバイジャンどくりつじゅうみんとうひょう、英語: Azerbaijani independence referendum, 1991)は1991年12月29日、ソ連崩壊から3日後に行われたアゼルバイジャンの独立住民投票[1]。95.3%の有権者が投票し、そのうち99.8%が独立に賛成した[2]。
結果
選択肢 | 票数 | % |
---|---|---|
賛成 | 3,735,398 | 99.8 |
反対 | 9,068 | 0.2 |
無効票・白票 | 6,708 | – |
合計 | 3,751,174 | 100 |
有権者総数・投票率 | 3,751,174 | 95.3 |
出典:Nohlen et al. |
脚注
- ^ Dieter Nohlen, Florian Grotz & Christof Hartmann (2001) Elections in Asia: A data handbook, Volume I, p357 ISBN 0-19-924958-X
- ^ Nohlen et al., p360
- アゼルバイジャン1991独立住民投票のページへのリンク