アゼルスタン_(イーストアングリア太守)とは? わかりやすく解説

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アゼルスタン (イーストアングリア太守)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/21 15:39 UTC 版)

アゼルスタン
: Æthelstan Half-King

イーストアングリア太守英語版
在位期間
932年頃 – 956年頃
先代 アルフレッド(Ælfred)[1]
次代 エゼルウォルド英語版[2]

死亡 956年頃
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アゼルスタン(932年頃 - 956年頃、英語:Æthelstan)は、10世紀にイングランドで活躍したイーストアングリア太守英語版である。彼は養子のエドガーを含む歴代5人のイングランド王に仕え、息子たちは王国各地で太守として勢力を有した。エドレッド王が955年に崩御して程なくして彼は太守の座を降り、グラストンベリー大修道院英語版の修道士となって余生を過ごした。彼は国内でも有数の貴族であったことからアゼルスタン半王Æthelstan Half-King)とも称された。

アゼルスタンの隠居先:グラストンベリー大修道院の跡地

出自

アゼルスタンはサマセットバークシャーミドルセックスに領地を有するエゼルフリス英語版太守の息子として誕生した[3]。母親はエゼルウルフの娘エゼルギスであった[4]。また、彼には兄のエルフスタン、弟のエゼルウォルド、エドリック英語版がいたが、それぞれマーシア南部並びに東部、ケントウェセックス中部を有する太守であった[5]

経歴

アゼルスタンは932年にアゼルスタン王によってイーストアングリア並びに他地方の太守に任じられた。アゼルスタン王が彼に下賜した土地の大半はかつてデーンロウに属した土地であり、15年前の917年にベッドフォードシャー地方で起きたテンプスフォードの戦い英語版以降にイングランド側が奪還した地域であった。アゼルスタンの兄エルフスタンは父のエゼルフリス太守の土地を継承していたが、934年に亡くなった。弟のエゼルウォルド並びにエドリックはそれぞれ940年、942年に太守に任じられている[5]

アゼルスタンと彼の一族はグラストンベリーへのベネディクト派の導入した聖職者ドゥンスタン主導で行われた修道院改革を支持し、グラストンベリー大修道院・アビントン大修道院英語版に寄進を行うなどしていた[6]

アゼルスタンの妻はエルフウィン英語版といった。彼女の一族はミッドランズ東部に由来する一族であり、のちのイングランド王エドガーの里親でもあった。エルフウィンの所有地はのちにラムジー大修道院英語版に寄進され、この修道院はエゼルウォルド司教英語版オズワルド司教英語版、そしてアゼルスタン自身の息子エゼルウィンによって再興されたという。

アゼルスタンの渾名「半王(Half-King)」は、997年から1002年にかけて編纂されたビュルトフェルス(en:Byrhtferth)の著作『聖オズワルドの生涯』を初出とする。ビュルトフェルスは『アゼルスタン太守は国内の諸侯や民衆から「半王」と呼ばれているが、それは彼の王に対する助言でこの王国とその統治を保っているといわれる程気高き権威を有していたためである。』と伝えている[7]。ビュルトフェルスはラムジーに埋葬されたアゼルスタンの家族について、かなりの分量を割いて説明している。

10世紀中ごろのイングランド王国におけるアゼルスタンと彼の一族の立ち位置は、11世紀にイングランド王国の政治を牛耳った豪族ウェセックス伯ゴドウィンとよく比較される[8]。アゼルスタンの晩年の隠居生活はもしかすると自ら進んで行ったわけではないかもしれない[9]。しかし、962年にウェセックス太守の座に就いていた弟のエゼルウォルドが亡くなった際、ウェセックスの一族の遺領は対立する諸侯であったエルフヘア英語版一族の手に渡った。これにより、イングランド王国におけるアゼルスタン太守一族の一強時代は幕を下ろす結果となり、アゼルスタン一族とエルフヘア一族の二強時代が始まった。970年代初頭にはエルフヘアが亡くなったが、これがアゼルスタン一族の復権につながることはなかった[10]

一族

アゼルスタン太守の一族と関係のあったものは、モルドンの戦いで命を落としたビュルフトヌス太守英語版も含め、みな戦いを偲ぶ詩歌英語版で追悼されている[11]

アゼルスタン太守の子供は以下。

  • エゼルウォルド英語版(962年ごろ没):エセックス太守で、父が隠居したのちにイーストアングリア太守を継承。オーガー太守(en:Ordgar)の娘エルフスリス英語版と結婚。エルフスリスはその後エドガー平和王と再婚し、第3王妃となった。
  • エルフワルド:勅許状では公(Dux)と記されている[12]。おそらくElfsige太守の娘エルフヒルドと結婚[13]
  • エルフウィグ太守
  • Æthelsige(986年ごろ没):エドガー王の宮廷に侍従として仕えた。
  • エゼルウィン英語版(992年没):アゼルスタン太守の息子エゼルウォルドを継いでイーストアングリア太守の座に就いた。983年からは筆頭太守となった[14]。3度結婚をしたとされ、1人目はエゼルフリーダ(977年没)、2人目はエゼルギフ(985年頃没)、3人目はウルフギフ(994年ごろ没)と結婚を繰り返した[15]

出典

  1. ^ Cyril Hart, The Danelaw, London(1992), p. 195, table 5.2
  2. ^ Cyril Hart, The Danelaw, London(1992), p. 195, table 5.2
  3. ^ Henson, pp. 125 & 127; イングランドのアングロサクソンのプロソポグラフィ英語版Æthelfrith 3。, retrieved 28 January 2007; Stenton, p. 351.
  4. ^ イングランドのアングロサクソンのプロソポグラフィ英語版Æthelgyth 1。, retrieved 28 January 2007
  5. ^ a b Hart, 2004
  6. ^ Higham, p. 4; Williams.
  7. ^ Lapidge, Byrhtferth of Ramsey, pp. xxxviii, 85; Miller, 'Æthelstan Half-King', p. 19
  8. ^ Higham, p. 4; Miller; Williams.
  9. ^ Higham, p. 4.
  10. ^ Higham, pp. 5 & 68–69.
  11. ^ Higham, p. 22.
  12. ^ ラムジー大修道院のビュルトフェルスは自身の著作『聖オズワルドの生涯』 (The Life of Saint Oswald, iii, 14) にてエルフワルドについて『彼は大変権威をもった気高き者であり、太守になることすら軽視していた。』と記している。イングランドのアングロサクソンのプロソポグラフィ英語版Ælfwald 42。, retrieved 28 January 2007. また、エルフワルドは修道院の熱烈な支援者であったとされ、ピーターバラの修道院に属する土地の要求を画策したLeofsigeという名の者に対して死刑を宣告することもあったという。
  13. ^ Andrew Wareham, Lords and Communities in Early Medieval East Anglia, Institute of Historical Research
  14. ^ ビュルトフェルスは(The Life of Saint Oswald, iii, 14) でエゼルウィンをエルフワルドと共に修道院の土地紛争において重要な役目を担ったキーパーソンであると説明している。; Miller; Williams.
  15. ^ Andrew Wareham, Lords and Communities in Early Medieval East Anglia, Institute of Historical Research

文献

外部リンク




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