N400 (神経科学) 言語特性に対する機能的な感受性

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N400 (神経科学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/09 19:41 UTC 版)

言語特性に対する機能的な感受性

さらなる研究により,実験操作における要因の中でN400に影響を与えるものとそうでないものが調べられている.一般的に明らかになっていることとして以下に示す.

N400の振幅に影響を与える要因

単語の使用頻度は、N400の振幅に影響することが知られている。 他のすべての要因が同一である場合、非常に頻繁に用いられる高頻度の単語は、まれな単語に比べてN400の振幅が減少する[11] 。 前述のように、N400の振幅は単語の繰り返しによっても減少するため、文脈内で繰り返しが起こると、その単語の2番目の呈示に対してはN400の振幅が減少し,比較的正の方向の電位の反応を示す[12]。 これらのことから、単語が非常に頻度の高いものであるか、直前に認識した文脈に登場している場合、N400が反映しているとされる,単語の意味処理を容易にし、その振幅を減らしている可能性が考えられる。

N400の振幅は、単語の文字表記が近い単語の数、または1 文字だけ異なる他の単語がどのくらい存在するか( bootとboatなど )といったことにも影響を受ける 。 文字表記の近い単語を多く持つ単語(形態的に類似した他の多くの単語が存在する)は、そうでない単語よりも大きなN400の振幅を引き出す[13]。 この現象は、擬似単語や、または実際には存在しない,単語ではない発音可能な文字列(flomなど)にも当てはまる。 これは、N400が意味理解のネットワークにおける全般的な活性化を反映している証拠として考えられており、多くの単語に類似しているような言葉(それ自体が実際の単語であるかどうかに関係なく)が,それらの類似した単語の意味表現にアクセスする負荷により、より負の電位を持ったN400を誘発する。

N400は先行する刺激によるプライミングに影響を受けやすい。言い換えると、目的単語の前に、意味的、形態的、または文字表記的に関連する単語がある場合、その目的単語に対する振幅は減少する[1]

文脈において、N400の振幅の大きさを左右する要因としてその単語のCloze確率と呼ばれるものがある. Cloze確率とは、先行する特定の文脈に対してその単語が続きの単語となる確率として定義される。 KutasとHillyard(1984)は、単語に対するN400の振幅がそのCloze確率とほぼ逆の線形の関係にあることを発見した[14] 。 つまり、その文脈においてその単語が続くであろうという予測の度合いが低くなると、より予測しやすい単語と比較してN400の振幅が大きくなった。 また,文脈から逸脱している(したがって、Cloze確率は0となる)単語は、大きなN400振幅も引き出す.(ただし、その逸脱した単語によるN400の振幅は、その位置において予測される単語のCloze確率によって変化する[15].また,open-classの単語(すなわち、名詞、動詞、形容詞、および副詞)によって誘発されるN400の振幅は、文の後ろの方に現れるほど,前半で現れる場合と比較して減少する[11]。 すなわち、これらの結果が示唆しているのは、先行する文脈により文の意味が構築されている際、その文脈に容易に当てはまる単語が続く場合ほど、その単語によるN400の振幅は減少するということである。

N400の振幅に影響を与えない要因

N400の振幅が文末の予測できない単語に対して大きくなるということであるが、その単語に対して間違いや不自然さを引き起こすような否定の表現によって影響されることはないとされている[16]。 たとえば、 「A sparrow is building」という文におけるbuildingに対するN400の振幅は,「A sparrow is bird」という文中のbirdに対する振幅よりも負の方向に大きくなる 。 これらの文の場合は、buildingは文脈に対するCloze確率が低いため、 birdよりも予測のしやすさは低くなる。 ただし、両方の文に否定形である単語のnot が追加された場合でも(すなわち A sparrow is not a building と A sparrow is not a birdbuildingに対するN400の振幅の方が,birdに対する振幅よりも大きくなる. このことから、N400が文脈におけるの単語間の意味的な関係に反応を示していることを示唆してはいるものの、必ずしも文の真理値に(つまり,その文が意味的に正しいかどうかそのものに)直接的に影響を受けるということではないことが分かる。 しかし、最近の研究では、N400が,否定を示す目的として用いられる数量詞や形容詞[17]によって、または現実的にその文の意味が合致するかどうかによって変化することが示されている[18]

さらに、文法の違反はN400の反応を誘発せず, むしろ、P600として知られる刺激開始後約500〜1000ミリ秒の正方向の電位の振れを示す[2]

N400のピークのタイミングの遅れに影響する要因

N400の顕著な特徴として、その刺激からの遅延が一般的に変化しないことが挙げられる。 言語の特性に関する多くの実験操作がN400の振幅に影響するが、N400の惹起のタイミングに影響を及ぼす要因はほとんどないとされている(加齢や病気の状態、言語習熟度がその稀な例として挙げられる)[19]

発生源

ERP成分の神経細胞による発生源を突き止めることは,発生源から電極に至るまでに電流の流れが拡散してしまうことから困難であるが、複数の手法により、その神経細胞における発生源の可能性として示されている[20]. 脳の表面に配置された電極,もしくは脳に埋め込まれた電極による計測から、また脳損傷患者からの根拠、および脳磁図(MEG)の計測(神経細胞の電気信号による頭皮上の磁気的活動を測定する方法)などにより、左脳側頭葉が,N400の重要な発生源として考えられており、加えて右脳側頭葉からもその発生に寄与していることが考えられている[21] 。 しかし、より一般化して言うと、脳内の広範囲に渡るネットワークでの活動が、N400での時間区間で誘発されており、前述よりもさらに分散した広範囲な部分の神経細胞の発生源の可能性を示している(より完全な議論については、Kutas&Federmeier、2011、 [2]を参照)。


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  2. ^ a b c d e f Kutas, M. & Federmeier, K.D. (In press).
  3. ^ (See Kutas & Federmeier, 2009, for review)
  4. ^ Kutas, M.; Hillyard, S. A. (1980). “Reading senseless sentences: Brain potentials reflect semantic incongruity”. Science 207 (4427): 203–208. doi:10.1126/science.7350657. PMID 7350657. 
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