タイダルウェーブ作戦
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タイダルウェーブ作戦 | |
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低高度の爆撃機から撮影された、爆撃後煙を上げるプロイェシュティ油田の石油貯蔵タンク群。飛行しているのはB-24重爆撃機。 | |
戦争:第二次世界大戦 | |
年月日:1943年8月1日 | |
場所:ルーマニア | |
結果:連合国軍の戦略的失敗 | |
交戦勢力 | |
アメリカ合衆国 | ナチス・ドイツ ルーマニア王国 ブルガリア王国 |
指導者・指揮官 | |
ルイス・H・ブレルトン ウザル・G・エント |
アルフレート・ゲルシュテンベルク ゲオルゲ・ジエネスク |
戦力 | |
B-24重爆撃機 177-179機(うち162機が目標に到達) | 対空防御陣地多数 Bf109戦闘機 Bf110重戦闘機 IAR-80戦闘機 |
損害 | |
50機前後撃墜 55機損傷 440名戦死・220名捕虜 |
Bf109 2機 Bf110、IAR-80各1機 16名戦死・50名負傷 |
注釈
- ^ ミッチャム (2008)、p.478 では、参加機数を177機としている。ベッカー (1974)、p.426 では、178機としている。
- ^ ドイツの 1/3 とイタリアの全需要をまかなった[1]。
- ^ 連合爆撃攻勢作戦計画中の優先目標リストで、主目標の一つとして石油生産・燃料精製工業が挙げられ、プロイェシュティについては地中海方面からの攻撃とされた[4]。
- ^ ミッチャム (2008)、p.478 では、枢軸国空軍による迎撃について往路、目標地域上空及び復路でギリシャに配備された第27戦闘航空団第4飛行隊(IV/JG27)、ルーマニアの第4戦闘航空団第1飛行隊(I/JG4)及びブルガリア戦闘機連隊の攻撃を受けたとしている。ベッカー (1974)、p.426 では、復路で第4戦闘航空団第1連隊(第1飛行隊と同義)、第27戦闘航空団第4連隊(第4飛行隊)の一部及びルーマニア戦闘機に加え、第6夜戦航空団(夜戦戦闘航空団)第4連隊(第4飛行隊)のBf110数機が追撃し、一部を海上で捕捉したとしている。
- ^ ミッチャム (2008)、p.478 では、43機が撃墜され、13機が不時着等で喪失、50機以上が損傷を受けたとしている。ベッカー (1974)、p.426 では撃墜機数を48機としている。
出典
- ^ a b c 白石 (2009)、p.86
- ^ 白石 (2009)、pp.86-87.
- ^ a b c d e f 白石 (2009)、p.87
- ^ マーレイ (2008)、p.293
- ^ 白石 (2009)、pp.87-88.
- ^ a b 白石 (2009)、p.88
- ^ 白石 (2009)、pp.88-89.
- ^ a b c d 白石 (2009)、p.89
- ^ a b c d e 白石 (2009)、p.92
- ^ 白石 (2009)、p.90
- ^ a b 白石 (2009)、p.91
- ^ a b 白石 (2009)、pp.91-92.
- ^ 白石 (2009)、pp.92-93.
- ^ a b c d e f 白石 (2009)、p.93
- ^ ミッチャム (2008)、p.478
固有名詞の分類
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