ギルガメシュ
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実在性
ギルガメシュ自身に関する考古学的史料は今の所発見されていないが、伝説や碑文の中でギルガメシュと共に登場するエンメバラゲシの実在性が確実視されていることから、ギルガメシュも初期王朝期第Ⅱ期末期(紀元前2600年頃)には実在し死後に神格化されたとする説と[43]、実在した王ではなく冥界神が伝説化されたとする2つの説が有力視されている。
前者の場合、ギルガメシュと戦ったキシュの支配者アッガは実在したことが分かっている。したがって、ギルガメシュも実在の人物であった可能性が高いが、直接的な証拠は見つかっていない[44]。
後者の場合、ギルガメシュの名前の意味が「祖先は英雄」「老人は若者」など、冥界と関わりのある祖先崇拝を示唆していることに理由付けがある。ギルガメシュは前述の通り、低位の神、特に個人神となりうる冥界神(元来の豊穣神)であると考えられていた。ギルガメシュは冥界神だったが、その信仰を詠う古来の人たちによって彼は冥界から飛び出し、神としてではなく半神半人の英雄として伝説を残すに至った、というものである[42]。
ギルガメシュとエンキドゥを書いたと思われる美術的表現は叙事詩が確立する以前の古代シュメール時代から見られ、モチーフとしては「大きな獣(ライオン)をおさえたたくましい筋肉の男」が円筒印章や彫刻にが多く用いられた[37]。あるエピソードでギルガメシュはウルクに放たれたライオンを抑えるが、後のギリシャ神話の英雄ヘラクレスなどでライオンを抑える勇壮な英雄というモチーフに受け継がれたとされる[45]。
人の王か神の王か
現在残っている記録ではその名にディンギルが付けられており、名を最初に確認できるのが文書「ファラ」内の神名表であることからも、元から「ビルガメシュ神」と呼ばれ、シュメール版では冥界神として神格化される以前から一貫して神として扱われていたことになる[46]。これは神格化したビルガメシュの父ルガルバンダにも同じように神印が付けられていることと、母ニンスンが女神であることから、両親が神ならばその息子ビルガメシュも神である、と考えたからである。だが、「死とどう向き合うか」という叙事詩における最大のテーマを掲げ翻弄するのに、不老不死である神が主人公では物語が成立しないとして、シュメール版以外では「半神半人のギルガメシュ」と呼ぶように調整された[42]。
半神のギルガメシュが叙事詩用にデフォルメされた設定とする前提で、今後ディンギルのないギルガメシュの名が発見されるならば、それは人としてのギルガメシュ王が実在したことを示す確固たる証拠となる[42]。
注釈
- ^ ギルガメシュを表しているかどうかについては疑問視されている。南條(1996) p.125
- ^ クラバはウルクにある聖域一帯の名前。「エン」とは、君主と訳した上で「主・主人」を意味する立場、主に王(ルガル)とはまた少し異なる支配者として、俗世の統治というより神事に関わる都市の守護神、大いなる神々に仕える大神官を指す。 岡田・小林(2008)pp.199-200,p.252
- ^ エンキドゥを作った女神アルルと同一視されることがあるが、アルルの別名とされるニンフルサグとは基本的に別人扱いされる。
- ^ 城壁の面積は約600ヘクタールであったと言われている(単純換算にして、およそ東京ドーム127個強・東京ディズニーランドのテーマパークエリア12個分に該当)。 前田(2011)p.17
- ^ シュメール王名表によればエンメルカルは人間(神の子ではない)とされるも、神話ではシャマシュの御子となっていることや、ルガルバンダとエンメルカルが実の親子関係であったかどうかについて疑問視されているため。
- ^ マトゥル:「小さなイチジク」の意。 岡田・小林(2008)p.238
- ^ ウルクの「宝物庫」と言われる遺跡から発見された、脚付きの大容器。92cmの高さがある胴部に帯状に掘られた図柄は、当時の宗教儀礼の様子を探る重要な手掛かりとなっている。岡田・小林(2000)pp.42-43
- ^ ただし、ファラオ(神王)のように偉大なる神々に並ぶことはなく、神官王の神格化はあくまで下位の神(個人神)のような立場であった。 岡田・小林(2000)pp.76-77
- ^ シュルギはイシュタルとドゥムジに象徴される「聖婚儀礼」に基づくことで神格化を果たした。 岡田・小林(2000)p.82
- ^ 全悪:呪術文書などにおける悪霊の呼称。それがフンババに対しても適用された。 月本(1996)p.36
- ^ 「最も杉を称賛し、そして最も破壊した人物」にはイスラエルの王ソロモンが挙げられる。 金子(1990)p.44
- ^ 「あなたは解けた氷、埃や風を遮れない壊れた扉、英雄をつぶす宮殿、蓋のない壺の口縁部、担ぐ者を汚すアスファルト、担ぐ者を濡らす皮袋、石の城壁を壊す石灰石、敵国でなくて自国の城壁を崩す城壁くずし、主人の足を噛む履物だ。」と言って断る。月本昭男
出典
- ^ 岡田・小林(2000)p.88
- ^ 松村(2013)p.191
- ^ 小林(2005)p.231
- ^ 松村(2015)p.237 「ベレト・イリ」の項。
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- ^ 岡田・小林(2008)p.241
- ^ 矢島(1998)p.195
- ^ 前田(2011)p.31,小林・岡田(2008)p.250
- ^ 大英博物館古代オリエント事典 2004 p. 82-83, 「ウルク」の項目より
- ^ a b 岡田・小林(2008)p.199
- ^ 月本(1996)pp.194,197 / 岡田・小林(2008)p.248
- ^ 矢島(2007)pp.42-43
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- ^ 「月本昭男インタビュー」2019年7月
- ^ Michael Ledo,William Burton,The secret astrology of the Bible(2011)p.299
- ^ 岡田・小林(2008)pp.226,256
- ^ 小林(2005)pp.10-13、p.231
- ^ 前田(2011)p.122
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