Usanとは? わかりやすく解説

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ドキセルカルシフェロール

分子式C28H44O2
その他の名称1α-Hydroxyergocalciferol、1α-ヒドロキシビタミンD2、1α-Hydroxyvitamin D2、1α(OH)D2、USAN、ドキセルカルシフェロール、Doxercalciferol、1α-OH-D2
体系名:1α-ヒドロキシエルゴカルシフェロール


于山国

(Usan から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/15 15:33 UTC 版)

于山国(うざんこく、朝鮮語: 우산국英語: Usan-guk, or the State of Usan )は、現在の鬱陵島を支配していたとされる古代国家である。現存する朝鮮半島で最も古い史書、『三国史記』(1145年)に登場する。『三国史記』「新羅本紀」には、512年、于山国が朝鮮本土の新羅により服属させられたとの記録があり、11世紀初頭には女真の海賊の侵攻によって大きな打撃を受けたとされる。史料が少なく、記載も寡少なため「于山国」の詳細はよく分かっていない。ただし、「于山」及び「于山島」の名称は朝鮮の史書・地理書・地図に数多く登場する。(→ 「于山島」も参照)


注釈

  1. ^ 『万機要覧』は、1770年編纂の『東国文献備考』に収載された、申景濬編集の「輿地考」分註の「輿地志云 鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」(輿地志に言う、鬱陵、于山は皆于山国の地で、于山は即ち倭の所謂松島である)の一節を引いたものであり、当時、日本では、現在の竹島のことを「松島」と称していたため、韓国政府は「独島」(=松島=現在の竹島)が于山で、于山が于山国の一部である以上、朝鮮領であったという見解に立っている。また、この一節のなかの『輿地志』は安龍福が日本に訴願しに来る40年前の1656年柳馨遠によって編纂されたものであることから、安龍福の証言以前から朝鮮が領有していたと主張しており、韓国では竹島領有権主張の最も有力な証拠と考えられている。これに対し、日本からは、1950年代の外務官僚川上健三の古文献・古地図の詳細な比較分析によって、当時の「于山国」における于山・鬱陵二島説は「まったくの観念的なもので、なんら実際の知識に基づいたものでないことを端的に示している」という批判が加えられ、日韓間の領有権論争に大きな影響をあたえた[4]
  2. ^ これに対し、日本政府は「日本政府見解3」(1956年9月20日)のなかで朝鮮史のなかの諸文献で于山島がどのように筆録されているのかを具体的に示したうえで、『世宗実録』・『新増東国輿地勝覧』などと同時期に編まれた『太宗実録』には于山島に86名が住んでいたという記載があり、これは決して竹島(独島)ではありえないと主張した[5]

出典



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