鷹見泉石とは? わかりやすく解説

たかみ‐せんせき【鷹見泉石】

読み方:たかみせんせき

[1785〜1858]江戸後期武士蘭学者下総(しもうさ)の人。名は忠常。古河(こが)藩の家老大塩平八郎の乱平定指揮また、地図地理書収集し海外地理研究


鷹見泉石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/10 01:18 UTC 版)

鷹見 泉石(たかみ せんせき、1785年8月3日天明5年6月29日〉 - 1858年8月24日安政5年7月16日[1])は、江戸時代蘭学者であり、下総国古河藩家老である。を忠常、通称を又蔵、十郎左衛門。を伯直(はくちょく)。は泉石の他に楓所(ふうしょ)、泰西堂(たいせいどう)、可琴軒(かきんけん)。また、ヤン・ヘンドリック・ダップル(Jan Hendrik Daper)という名も署名に用いている。  


  1. ^ 鷹見泉石』 - コトバンク
  2. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus. “鷹見泉石(タカミセンセキ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2024年7月10日閲覧。 “大坂城代在任中の藩主を補佐して大塩平八郎の乱を鎮圧。”
  3. ^ 鷹見泉石記念館古河市ホームページ(2019年1月26日閲覧)。
  4. ^ 【没後200年 伊能忠敬を歩く】(9)茨城の「小京都」古河 家老の絵地図に「接触」の謎および補足記事「藩主は自然科学者」より。『毎日新聞』夕刊2019年1月17日(文化面)2019年1月26日閲覧。
  5. ^ 『週刊朝日百科 日本の国宝 42』、朝日新聞社、1997、p.1 - 64
  6. ^ 蘭学者 鷹見泉石 | こがナビ|古河市観光協会”. 2023年5月16日閲覧。
  7. ^ 平成16年(2004年)の重要文化財指定時の指定点数は3,157点であったが、平成24年(2012年)9月6日文部科学省告示第141号で点数が訂正され、3,153点となっている。内訳は、文書・記録類686点、絵図・地図類768点、書籍類466点、書状類912点、絵画・器物類321点。


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