象徴主義と印象主義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/31 08:18 UTC 版)
古典的近代には「前衛」という概念が特に重要なものになった。この時代の始まりは、19世紀終わりの、ステファヌ・マラルメやシャルル・ボードレール、アルチュール・ランボーなどの詩人が代表するフランス象徴主義に由来している。ドイツ語圏で最も重要な象徴主義の代表者としては、シュテファン・ゲオルゲ、フーゴ・フォン・ホーフマンスタール、およびライナー・マリーア・リルケなどがいる。象徴主義は、およそ時を同じくする自然主義とは全く違った綱領に従っている。象徴主義的抒情詩はエリート的で、美と様式に最高の価値を置いていたのである。世紀末として示される時代、ユーゲント・シュティールはこのような傾向を示した芸術である。 同時に、この時代(1890年から1910年頃)は印象主義の時代にも当たる。印象主義は象徴主義よりもエリート的ではないが、ホーフマンスタールとリルケは同時にこちらにも属していた。それに加えて散文作品はないがリヒャルト・デーメルや、劇作家アルトゥル・シュニッツラー、ペーター・アルテンベルク、およびデトレフ・フォン・リーリエンクローンなどがいる。象徴主義と印象主義は、ともに自然主義に対抗しているという観点から合わせて新ロマン主義と呼ばれることもあり、世紀末ウィーンがこれらの文学の中心地となった。
※この「象徴主義と印象主義」の解説は、「ドイツ文学」の解説の一部です。
「象徴主義と印象主義」を含む「ドイツ文学」の記事については、「ドイツ文学」の概要を参照ください。
- 象徴主義と印象主義のページへのリンク