衣笠貞之助とは? わかりやすく解説

きぬがさ‐ていのすけ【衣笠貞之助】

読み方:きぬがさていのすけ

[1896〜1982映画監督三重生まれ林長二郎長谷川一夫主演一連の作品で、松竹時代劇黄金時代築いた代表作狂った一頁」「雪之丞変化」「地獄門」など。


衣笠貞之助

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/17 15:25 UTC 版)

衣笠 貞之助(きぬがさ ていのすけ、1896年1月1日 - 1982年2月26日)は、日本俳優映画監督脚本家。本名:小亀 貞之助(こかめ ていのすけ)。


注釈

  1. ^ 静間小次郎(1868年 - 1938年)は、川上音二郎門下を経て1899年(明治32年)に一座を結成し、関西新派の草分け的存在となった人物である[9]。人気が凋落した晩年は松竹京都撮影所人事課長を務めており、没後の告別式では衣笠が葬儀委員長を務めた[10]
  2. ^ 衣笠貞之助の衣笠の名は、衣笠山の見える下宿にいたことから思いついたという[15]
  3. ^ 『妹の死』は阪田重則の監督作となっているが、『日本映画監督全集』(『キネマ旬報』増刊号)「衣笠貞之助」の項によると、衣笠自身のコメントで、「1920年に日活向島撮影所にて自身の脚本作『妹の死』を初めて監督した。後日活向島のミスで阪田が監督と記された、阪田はこの映画には全く関与していない」と記されている。映画評論家の田中純一郎も本作を衣笠の第1回監督作と認知しており、実際的には衣笠の監督・脚本家デビュー作である
  4. ^ ペン部隊に派遣されたのは、衣笠、長谷川伸土師清二中村武羅夫甲賀三郎湊邦三野村愛正菊田一夫北条秀司清瀬英次郎小石清小山寛二、天野雉彦、関口次郎、中川栄三の15名である[38]

出典

  1. ^ a b c d e f 佐藤2007、p.202
  2. ^ a b c d e f キネマ旬報1979、p.190
  3. ^ a b 鈴木2001、p.34
  4. ^ 初代社長 小亀衡一、亀山市歴史博物館、2015年3月20日閲覧
  5. ^ れきし散歩「衣笠貞之助、いつも見ていた故郷」、2015年3月20日閲覧
  6. ^ キネマ旬報1976、p.134
  7. ^ a b c 佐藤2007、p.201
  8. ^ a b 衣笠1977、p.7-8
  9. ^ 静間小次郎、20世紀日本人名事典、コトバンク、2015年3月20日閲覧
  10. ^ 近代歌舞伎年表京都篇』、国立劇場(編)、八木書店、p.282
  11. ^ 衣笠1977、p.9
  12. ^ 鈴木2001、p.32
  13. ^ 鈴木2001、p.47
  14. ^ 長谷川一夫『舞台・銀幕六十年』、日本経済新聞社、1973年
  15. ^ 衣笠1977、p.4
  16. ^ a b c d e キネマ旬報1979、p.191
  17. ^ a b キネマ旬報1976、p.134
  18. ^ 衣笠1977、p.29
  19. ^ a b c d e f キネマ旬報1976、p.135
  20. ^ 衣笠1977、p.184
  21. ^ 鈴木2001、p.62
  22. ^ 『日本映画史大鑑 映画渡来から現代まで・86年間の記録』、文化出版局、1982年、p.82
  23. ^ スターと監督 長谷川一夫と衣笠貞之助「月形半平太」東京国立近代美術館フィルムセンター、2015年3月21日閲覧
  24. ^ 衣笠1977、p.59
  25. ^ 筈見恒夫『映画五十年史』、鱒書房、1947年、p.128
  26. ^ 田中1980、p.70
  27. ^ 『日本映画事業総覧 昭和5年版』、国際映画通信社、1930年、p.96
  28. ^ a b c d 衣笠1977、p.185
  29. ^ 『円谷英二の映像世界』、竹内博・山本真吾(編)、実業之日本社、2001年、p.74
  30. ^ a b c 今村1986、p.106
  31. ^ 千田是也『劇白千田是也』、藤田富士男(監修)、オリジン出版センター、1995年、p.175
  32. ^ 大島渚『日本映画を読む パイオニアたちの遺産』、ダゲレオ出版、1984年、p.221
  33. ^ 岡田晋『日本映画の歴史』、三一書房、1957年、p.143
  34. ^ 田中1980、p.175
  35. ^ プロレタリア映画世界大百科事典 第2版、コトバンク、2015年3月21日閲覧
  36. ^ 『現代映画用語辞典』、キネマ旬報社、2012年5月28日、p.44
  37. ^ a b c 衣笠1977、p.186
  38. ^ 桜本富雄『文化人たちの大東亜戦爭 PK部隊が行く』、青木書店、1993年、p.37
  39. ^ 松竹下加茂撮影所、京都映像文化デジタル・アーカイヴ マキノ・プロジェクト、2015年3月21日閲覧
  40. ^ 田中純一郎『永田雅一』、時事通信社、1962年、p.170
  41. ^ 『女優が語る私の人生』、NHKラジオセンター、2012年
  42. ^ 『演劇年鑑』、二松堂書店、1983年、p.197
  43. ^ 鈴木晰也『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』、キネマ旬報社、1990年、p.245
  44. ^ 牧野省三賞、東映京都ナビ、2015年3月23日閲覧
  45. ^ 衣笠貞之助日本映画データベース、1015年3月21日閲覧
  46. ^ a b c 衣笠貞之助、東京国立近代美術館フィルムセンター 所蔵映画フィルム検索システム、2015年3月21日閲覧
  47. ^ a b 主な所蔵リスト「劇映画=邦画篇」マツダ映画社、2015年3月21日閲覧
  48. ^ スターと監督 長谷川一夫と衣笠貞之助「天一坊と伊賀之亮」、東京国立近代美術館フィルムセンター、2015年3月21日閲覧
  49. ^ 泉治郎吉、東京国立近代美術館フィルムセンター 所蔵映画フィルム検索システム、2015年3月21日閲覧


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