結婚と日本での活躍
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/03 05:41 UTC 版)
グリーンリーフと初めて出会ったのは、桂が東京のクラブでビリヤードコーナーを担当しているときだった。グリーンリーフは桂からレッスンを受け、彼女に急速に惹かれていった。1949年(昭和24年)春には8年ぶりの第5回全日本スリークッション選手権が開催され、桂は小方浩也に次いで準優勝した。第7回(1950年(昭和25年))では5位入賞。2人が結婚したのは1950年(昭和25年)11月30日である。2人の間には子がいなかった。また、このころ桂はあるストレートレールの大会で1万点の連続得点記録を達成した。この4時間半のゲームにおいて3回以上クッションしたショットは27回であった。アメリカに来る前年にはスリークッションビリヤードで1イニングに19点を出したこともある。第8回全日本スリークッション(1951年(昭和26年))でも5位に入賞した。
※この「結婚と日本での活躍」の解説は、「桂マサ子」の解説の一部です。
「結婚と日本での活躍」を含む「桂マサ子」の記事については、「桂マサ子」の概要を参照ください。
- 結婚と日本での活躍のページへのリンク