紺碧の空
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 15:46 UTC 版)
ウィキソースに紺碧の空の原文があります。 1931年(昭和6年)6月に制定された早稲田大学の応援歌。創作当時は第六応援歌だったが、現在は第一応援歌となっている。作詞は住治男、作曲は古関裕而。当時、早慶戦で連勝していた慶應義塾の応援歌『若き血』に対抗するための応援歌として作成された。 応援部の歌詞募集により集まった約三十編の応募作から、西條八十教授により高等師範部3年住治男の『紺碧の空』が選出された。作曲は応援部リーダー幹部の伊藤戊(古関と親交の深かった歌手伊藤久男の従兄弟)の推薦により、彼の幼なじみであり日本コロムビア専属の古関に一任された。 出だしの曲調がシューベルトの交響曲『ザ・グレート』に似ているとクラシック音楽愛好家の間で評判である。 コロナを乗り越える早稲田の新しい応援ソングとして『紺碧の空』をモチーフとした『そして紺碧の空へ』が誕生した。
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「紺碧の空」の例文・使い方・用例・文例
- 紺碧の空, 青空.
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