羽田事件とは? わかりやすく解説

羽田事件

(第一次羽田闘争 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/25 01:25 UTC 版)

羽田事件(はねだじけん)とは、1967年(昭和42年)10月8日11月12日に、日本東京都大田区佐藤栄作内閣総理大臣の外国訪問阻止を図った新左翼東京国際空港(以下、羽田空港)を防衛する機動隊が衝突した事件である。新左翼側はこの事件を羽田闘争と呼び、特に10月8日の第一次羽田闘争を10.8(ジッパチ)と称して特別視している。


注釈

  1. ^ 中核派は法政大学、社学同・社青同解放派は中央大学及び明治大学、革マル派は早稲田大学、構造改革派は社会文化会館(日本社会党本部)[2][3]
  2. ^ 当時から防石ネットは装備されていたものの集中的な投石を完全に防ぐことはできず、また、盾は木製の小型の手盾(50cm四方程度)しかなかったため、前列の隊員は集中的に殴打を受け、効果的な防御ができなかった。この事件以降、軽合金製の大盾の装備化の他、大盾による防御術の開発・導入も急速に行われ、大盾は機動隊を象徴する装備の1つとなった。第二次羽田事件の映像では大盾をもった機動隊員を確認できることから、1ヶ月の間に迅速に配備されたことが伺われる。
  3. ^ 警察発表では、学生が暴走させた警備車兼給水車による轢死[2]。新左翼からは機動隊の警棒乱打によるものとの主張あり。
  4. ^ 三派全学連秋山勝行委員長には逮捕状が出され、10月17日の山崎博昭君追悼中央葬後のデモの終盤に現れて演説を始めた際に逮捕された。
  5. ^ うち700人以上が投石による負傷。角材による攻撃を受けた者は重傷者の割合が高かった。単純な打撲傷や擦過傷を負った者はこの中に含まれない。なお、新左翼側でも同士討ちと見られる投石による負傷者が多かった。
  6. ^ 当時の大卒初任給は26,200円
  7. ^ 新左翼の拠点での規制及び鎮圧は、大学自治との兼ね合いや機動隊が分散し空港を守りきれなくなる懸念から見送られた[2]
  8. ^ 一方、行政委員会答弁で中村喜四郎が「世論でかわいそうだという感じが比較的少ない」などと述べるなど、樺の死に比べると社会的インパクトは少ないとする意見もある[2][14]
  9. ^ 日大紛争岡山大学紛争東峰十字路事件渋谷暴動事件。当時アメリカ占領下にあった沖縄ゼネスト警察官殺害事件も含めれば7人。

出典

  1. ^ a b 小熊 2009, p. 462.
  2. ^ a b c d e f g h i j k 第56回国会 参議院 地方行政委員会 閉会後第2号 昭和42年10月18日”. 国会会議録検索システム. 国立国会図書館. 2021年8月21日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g 新 警備用語辞典 2009, pp. 357–358.
  4. ^ 荒岱介『新左翼とは何だったのか』幻冬舎新書、2008年、85-86頁
  5. ^ a b c d 小熊 2009, pp. 466–475.
  6. ^ a b c d “死の激突 無法の炎 羽田周辺”. 朝日新聞: p. 15. (1967年10月9日) 
  7. ^ “羽田で流血デモ”. 朝日新聞: p. 1. (1967年10月9日) 
  8. ^ a b “首相出発の朝 羽田で学生デモ流血”. 讀賣新聞: p. 1. (1967年10月9日) 
  9. ^ 神戸新聞 1967年10月9日
  10. ^ 森山欽司 ─反骨のヒューマニスト─ 第十三章” (PDF). 2013年8月17日閲覧。
  11. ^ “全学連デモの被害 泣き寝入りはご免だ”. 讀賣新聞: p. 15. (1968年3月10日) 
  12. ^ 第56回国会 衆議院 地方行政委員会 第5号 昭和42年11月13日”. 国会会議録検索システム. 国立国会図書館. 2021年8月21日閲覧。
  13. ^ 小熊 2009, pp. 495–502.
  14. ^ a b 小熊 2009, pp. 487–495.
  15. ^ 昭和48年 警察白書
  16. ^ “警備体制にも甘さ”. 讀賣新聞: p. 14. (1967年10月9日) 
  17. ^ “「羽田デモ事件」で談話・声明”. 朝日新聞: p. 2. (1967年10月9日) 
  18. ^ a b 小熊 2009, p. 478.
  19. ^ “学生運動への方針急ぐ”. 朝日新聞 夕刊: p. 2. (1967年10月9日) 
  20. ^ 佐藤栄作 (1998). 佐藤栄作日記〈第3巻〉. 朝日新聞社. p. 150 
  21. ^ 全国エクステリアコンクリート協会『「敷石ひっぺがし作戦」コンクリート平板の歴史』、2017年1月閲覧。
  22. ^ 猪瀬直樹『民警』扶桑社、2016年 ISBN 978-4594074432、171p
  23. ^ 佐々淳行 『連合赤軍「あさま山荘」事件』 文藝春秋、1996年
  24. ^ 佐藤文生 (1978). はるかなる三里塚. 講談社. pp. 68-69 
  25. ^ 「さらに2件 京都の派出所放火」『中國新聞』昭和46年10月9日夕刊 7面
  26. ^ 小林信彦『日本の喜劇人』新潮文庫、1982年、314頁。
  27. ^ 昭和63年 警察白書”. 警察庁. 2018年4月1日閲覧。


「羽田事件」の続きの解説一覧




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「羽田事件」の関連用語

羽田事件のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



羽田事件のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの羽田事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS