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きのした-たかぶみ 【木下幸文】
(1779-1821) 江戸後期の歌人。初名、義質(よしなお)。号は亮亮舎(さやさやのや)・朝三亭。備中の人。はじめ澄月・慈延に、のち香川景樹に学ぶ。歌風は奔放にして、繊細。桂園十哲の一人。代表歌「貧窮百首」。著「亮亮遺稿」「亮亮草紙」など。
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木下幸文
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/05/26 03:06 UTC 版)
木下 幸文(きのした たかふみ、安永8年(1779年) - 文政4年11月2日(1821年11月26日))は、江戸時代後期の歌人。父は木下義綿。初名は義壽・義方・義質。通称は民蔵。号は朝三亭・亮々舎(さやさやのや)・蓼園・風漪亭・風漪温者・渚の笹屋などと称した。備中国長尾の生まれ。
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