香川景樹とは?

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かがわ-かげき かがは― 【香川景樹】

(1768-1843) 江戸後期歌人。号、桂園など。鳥取の人。小沢蘆庵(ろあん)香川景柄(かげとも)に学ぶ。「調(しらべ)」の論を唱え古今和歌集を範として、賀茂真淵らの復古主義万葉調対立。著「桂園一枝」「古今和歌集正義」「新学異見」など。


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香川景樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/10/02 01:40 UTC 版)

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香川 景樹(かがわ かげき、明和5年4月10日1768年5月25日)- 天保14年3月27日1843年4月26日))は、江戸時代後期の歌人。父は鳥取藩藩士荒井小三次。初名は、純徳・景徳。通称は銀之助・真十郎・式部・長門介。号は桂園(けいえん)・東塢亭(とううてい)・梅月堂・観鶩亭(かんぼくてい)・臨淵社・万水楼・一月楼。

親類である奥村定賢に養育され、京都で、清水谷実業の流れをくむ二条派の歌人梅月堂香川景柄(かがわかげもと)の養子となった。1808年(文化元年)に離縁しているが、その後も香川を名乗っている。清水定固に和歌を学び、上京して徳大寺家に出仕した。養父景柄を通じて小沢蘆庵に私淑し、後に「しらべの説」を提唱して独自の歌風を創始。明治時代まで続く桂園派と称される流れをつくる。門人には熊谷直好木下幸文、菅沼斐雄などがいる。

直木賞作家志茂田景樹のペンネームは彼に因む。

法号:実参院悟阿在焉居士。

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