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こうだ-のぶ かうだ― 【幸田延】
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幸田延
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2009/04/18 06:10 UTC 版)
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幸田 延(こうだ のぶ、明治3年3月19日(1870年4月19日) - 1946年6月14日)は、ピアニスト、ヴァイオリニスト、音楽教育家。
東京の幸田家に幸田露伴の妹として生まれる。兄に海軍軍人の郡司成忠、弟に幸田成友、妹に安藤幸がいる。音楽取調掛伝習生を経て、1889年からアメリカ、ドイツ、オーストリアに留学。1895年、帰国し、東京音楽学校教授として山田耕筰、久野久らを育てた。1906年従五位。1909年教授を辞したが、この際学校側で勝手に解雇し、出勤してそれを伝えられた延は憤然として帰宅し、同情と怒りの声があがったという。以後欧米を視察し、1912年審声会を創立、後進の指導に当たる。東宮職御用掛となり皇族に音楽を教授、1937年帝国芸術院設立とともに会員となる。
参考文献
- 萩谷由喜子『幸田姉妹 洋学黎明期を支えた幸田延と安藤幸』ショパン、2003年
固有名詞の分類
関連した本
- 幸田姉妹 萩谷 由喜子 ショパン
- 幸田延 2つのヴァイオリンソナタ 全音楽譜出版社


