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ラジオ深夜便
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/07 02:21 UTC 版)
『ラジオ深夜便』(ラジオしんやびん)は、NHKのラジオ第1放送、FMラジオ放送、ラジオ国際放送で放送されている深夜放送番組。
年末年始を含め、連日放送される完全帯番組であるが、12月31日深夜から1月1日早朝にかけては特例がある(その節参照)。
- ^ a b c なお、「ラジオ深夜便年鑑2010」(NHKサービスセンター刊)に書かれている年表では「1995年4月より定時放送化」と掲載されている他、1994年度までのNHK番組表においても、23時台のみが定時放送として扱われ、0時から5時の時間帯に「随時ラジオ深夜便を編成」という件が書かれてあった
- ^ 当時は午前1時-5時に深夜便を送り、5時の時報と共に一旦放送終了・6時まで休止にした。但し5時終了時の国歌演奏はなく、時報を放送した後はそのまま各局IDアナウンスをして停波した。
- ^ 当時は春季・秋季の一定期間、放送衛星で食が発生し、太陽電池が減ってしまうことから、衛星放送も深夜放送を休止したことがあった。またまれにBSアナログ放送だけ通常放送で地上系放送波のみ休止のときもあった。
- ^ この番組との関連性はないが、日本放送労働組合は1995年11月下旬に、終夜放送の増加に伴う労働強化に反対して、24時間ストライキを決行した事例がある。
- ^ 出典NHKサービスセンター「深夜便・よくある質問」
- ^ 2011年6月までは第2・第4日曜日を担当していたが、2010年4月から奇数日曜日を担当していた徳田が急遽NHKのど自慢の司会に復帰した都合上により、2011年7月10日以降同月いっぱいは明石が毎週日曜を担当。8月からは第1・3・5日曜日を担当し、担当のない第2・4日曜日もラジオのニュースを担当。
- ^ 2011年6月までは第2・第4日曜日を担当した明石アンカーが8月から第1・3・5日曜日を担当することに伴うもの。2011年7月10日から7月31日までは明石が毎週日曜を担当した。
- ^ 定年、及び嘱託期間終了で実質完全にフリーアナの身分となるため。
- ^ 担当曜日の出典・ラジオ深夜便年鑑2011および番組一覧:ラジオ深夜便・R1 NHKラジオ第1(2011年8月1日)
- ^ 最初の出演となった2011年4月12日放送で、伊藤アンカーは「仙台放送局に出向し、被災地の復旧・生活に役立つ情報を伝えるために」として当初出演する予定だった3月28日からのデビューを延期した理由を述べている。
- ^ 2010年度
- ^ FMでのステレオ放送は年1回程度、回線テストのためモノラル放送となる場合があった。この場合、当日の番組内で事前告知を行なっていた。これは当時PCMデジタル回線を使用していたが、現在はラジオ・FM共用の光回線で運用しているためこのテストは行なわれていない。
- ^ a b オリンピック(一部日程ではそのまま同時放送となる場合あり)やサッカーワールドカップなどのスポーツ中継および年度末に行われるNHK予算審議(衆議院・参議院総務委員会)の中継録音放送、内閣組閣に伴う新閣僚記者会見の録画・録音による放送など。詳細は#放送休止・変更の節を参照。
- ^ それ以外では選挙開票速報の特別番組で2時前、4時前、5時前に行なわれるのみである。但し、2011年3月11日に発生した東日本大震災の特設ニュース以降4月4日まで日本語放送の周波数告知案内は本番組に限らず、すべての時間帯で割愛されていた
- ^ a b c d e 毎月第1週はミッドナイトトークに差し替えにより休止。
- ^ NHK嘱託アナウンサー時代から担当。現在はフリーであるためアナウンサーの肩書きは外され「松平定知さんです」と紹介される。
- ^ a b 一部のアンカー(遠藤、柴田ら)によっては0時台に「深夜便のうたがある」旨をアナウンスするが、3時台はその旨の説明がない。ただし、関西発については0時台・3時台ともある旨を説明した上で、その時間放送の楽曲とアーチストの紹介がある。
- ^ 明石勇アンカーは、午前3時台冒頭で3時頃に起床した聴取者に向け「おはようございます」と挨拶する。
- ^ 4時の時報前には「NHKの番組は視聴者・リスナーからの受信料で作られている」という旨の迎康子アンカーによるBGMつきナレーションが流れる。かつては室町澄子元アンカーによるナレーションだった。関西発および地方発の場合は、このナレーションはBGMなしで、番組を担当するアンカーが言うことになっている(ただし、2009年1月の地方発では東京発と同じく迎康子アンカーによるBGMつきナレーションが流れたことがあった)。
- ^ 関西発の場合、午前4時台冒頭の日付と時刻の案内で、「200×年、×月×日、午前4時×分です」と年から案内する。
- ^ アンカーによってエンディングのタイミングが微妙に違い、放送ぎりぎりまでコメントするアンカーもいれば残り2分を残して終わるアンカー(主に減力放送終了の告知が流れる場合)もある。宮川泰夫アンカーは誕生日の花の紹介の後、花言葉や誕生日の花にちなんだ曲や、宮川自身が連想する曲を1曲流す。
- ^ 2005年度は短歌作家(歌人)鳥海昭子が製作した誕生日の花にちなんだ短歌を発表した。鳥海は同年10月9日に心不全で死去(享年76)したが、遺族の了解により2006年3月(2005年度末)まで引き続いて誕生日の花の短歌を発表することを継続。2006年3月31日午前4時台の放送をもって終了した。
- ^ 振り込め詐欺の啓発告知はNHKのテレビ・ラジオ共通の啓発告知として2008年度から行われており、ラジオ第1放送の各番組内で放送している。
- ^ 震度6強を観測した地震についてはNHKのテレビ・ラジオ(国際放送を含む)すべての放送が中断され、一斉にニュースセンターから放送する。深夜便も放送が中断される。
- ^ チリ地震による津波警報により、23:15から『日曜討論』0:15のニュースに続き0:25から放送開始。国際放送では『日曜討論』を総合テレビ、NHKワールド・プレミアムと同時放送で23:00から0:00に放送、0:15までフィラー音楽で空白時間帯を穴埋め。23時台の「自然に親しむ・みなみらんぼう」は3月29日午前1時台に放送日時が変更された。
- ^ ラジオ第1放送は23:55-0:54.30まで中断。国際放送は1時台に『日曜討論』を定時放送する為に23:55-2:00を中断。
- ^ ただし、局によっては特定メンテナンス期間以外であっても所定休止週以外の日曜・月曜深夜に休止する場合もある。
- ^ 最近までは女性契約キャスターが担当することが多かった。
- ^ 3月11日の関西発ラジオ深夜便で放送を予定していた「ないとエッセー」などの各種コーナーは、4月1日の関西発ラジオ深夜便で放送された。この関係で4月1日の関西発深夜便は「日本列島暮らしの便り」と「列島今日の動き」が休止となった。
- ^ 競技中継実施のため、開催期間中の1時台、4時台の放送を休止。
- ^ 当時は中山手の局舎が被災したため神戸ハーバーランドに移転していた。
- ^ その後も2001年ごろまで1月16日、または17日を神戸発とした事があった。
- ^ この日は1時台の途中まで放送した後に、それ以後の番組を休止してその報道に充てた。
- ^ この時は13日午前0時台途中まで放送した後に、それ以後の番組を休止してその報道に充てた。
- ^ a b 競技中継実施のため開催期間中の一部時間帯を休止したが、オリンピック中継はラジオ第1放送のみで放送された。FM放送はトリノオリンピック期間中でも通常通りの編成で放送された。NHKワールド・ラジオ日本は日本時間午後11時台・午前0時台にオリンピック中継が行われる当該時間帯は国際放送独自編成の一般番組(みんなのうた、のこしたいふるさとの言葉、海外安全情報など)に差し替えとなった。午前4時台について(この時間帯はシンガポール中継の大洋州地域向けのみ)はFM放送で通常通り放送される関係からそのまま「深夜便」が放送された。
- ^ この日は秋田放送局の制作による放送だったが、30日午前4時前より人質の遺体が発見されたことによる緊急会見があったため、4時台はこの関連ニュースにあて、当初予定されていた深夜便の集いからの録音放送が中止された。なおこの日予定されていた録音放送は、11月30日の午前1時台に日時を改めて放送された。
- ^ 古屋和雄は1995年の阪神・淡路大震災当時・大阪放送局在籍。
- ^ FM放送で29日午前1時から放送、この特集番組は12月25-28日の16:30-18:00に全国放送されたものだが、ローカル編成の関係上、関西地方向けは28日以外別編成を組んだためによる代替。
- ^ 16日のラジオ第1放送は一部地域で放送設備の点検・整備による放送休止のため1:00まで1時間のみの放送だった。
- ^ 但し、国際放送は一部の日程ではオリンピック中継を放送せず、FMと同時にそのまま深夜便を同時放送した日もある。
- ^ 一部地域では放送設備の点検・整備のため中継録音放送後は放送休止。
- ^ 23時台後半は『エターナルサウンズ』、「海外安全情報」。0時台はニュース(前日23:15-23:25放送分の再放送)『インストルメンタルジャーニー』。1時台は定時の国際放送独自編成で『日曜討論』を放送。
- ^ 当初第1回の放送は10月4日に予定されていたが、当日の22時台に発生した宮古島近海の地震で津波注意報が発令されFM放送も臨時ニュースに差し替えられた(『ミュージックライン』の生放送が中途終了となった)。このため青春アドベンチャーは翌5日から1日遅れで進行、最終回放送予定の15日に2回分をまとめて放送した。なお後番組の『ワールドロックナウ』『インストルメンタル・ジャーニー』は15分遅れで放送され、1:05から『音の風景』を放送した。
- ^ なお、「列島きょうの動き」は他コーナーが通常編成に戻った後も4月24日まで休止された。
- ^ 2011年3月14日放送で葛西アンカーが発言。
- ^ その後、2011年9月1日から既述の「NHKネットラジオ らじる★らじる」が始まり、常時当番組をインターネット経由で聴くことができるようになった。
- ^ 3月14日担当の葛西(この日が最後の担当だった)、15日担当の須磨両アンカーは23:30にFM放送のリスナー向けに改めて挨拶し、既にラジオ第1放送で流れていたトークの内容を紹介してから番組を進行した。
- ^ 26日は27日未明の1:00-1:45に「NHKのど自慢」の再放送があったほかはすべて本番組を同時放送
- ^ ラジオ深夜便の集いリポート(長崎県大村市)。
- ^ 2010年11月19日(日付では20日未明)の国際放送では、0:15-0:55は「にっぽんのうた 世界の歌」(FM)、0:55-1:00は「みんなのうた」、1:00-1:15「エターナルサウンズ」(デジタルラジオ実用化試験放送)、1:15-1:19は時間調整のためのフィラー音楽
- ^ 2011年11月15日(日付では16日未明)の国際放送では、0:15-0:55は「にっぽんのうた 世界の歌」(FM)、0:55-1:15は「弾き語りフォーユー」(FM)
- ^ なお通常は内包される1時のNHKニュースは、24時台の分と統合する形で24:45-1:00(うち、24:55からはローカルニュース)に送るので、ニュースを流さないで1時の時報と同時にスタートする。ただし、2011年12月31日~2012年1月1日にかけての分は、1時から10分間のニュースを内包し、それが終わってから本編となった。
- ^ FMは放送休止の地域が一部あった。
- ^ 2010南アフリカ大会開幕戦の「南アフリカ対メキシコ」の冒頭で、NHKラジオ第1放送の解説・案内を担当した吉松欣史のコメントより
- ^ 札幌、名古屋などは1週間連続で深夜放送休止となる。
- ^ http://www.nhk.or.jp/hiroshima/program/etc2007/07feb/index.html NHK広島放送局 2007年2月おすすめ番組
- ^ NHKサービスセンター編纂 『ラジオ深夜便完全読本―ふれあいと感動の15年』 NHKサービスセンター、ISBN 978-4871080637
- ^ 宇田川清江 『眠れぬ夜のラジオ深夜便』 新潮社〈新潮新書〉、2004年 ISBN 978-4106100642
- ^ その後、山下達郎のJACCS CARDサンデーソングブック(2010年1月放送)で本人が認めている。
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