先収会社とは? わかりやすく解説

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先収会社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/22 08:16 UTC 版)

先収会社(せんしゅうがいしゃ)は明治7年(1874年)3月、野に下った井上馨益田孝らによって設立された商社政商。明治9年(1876年)に解散したが、益田らの組織・人員と事業は三井組によって引き継がれ、三井物産会社となった[1]。現在の三井グループも、先収会社が旧三井物産の前身としている[2]


注釈

  1. ^ 岡田は本名村尾銀次郎。日本橋の釘銅鉄物問屋伊勢屋平作(伊勢平)の養子になり、岡田平蔵と名を変えた。岡田は開港直後に開いた伊勢平横浜店を預かったようである。本業である金属類のほかにも様々な品を扱ったが、禁制品を扱ったことで咎めを受け江戸・横浜から追放となり、大阪に移った。このとき伊勢平に多額の貸付をしていた三井横浜店は多大な損害をうけている。大阪での岡田は光岡八郎(由利公正)や五代友厚の知遇を得ている。大阪でも岡田は様々な品を扱ったが、元々金属商だった岡田は鉱山業に関心が深く、尾去沢鉱山の稼行を引き継いである。五代友厚と共に金銀分析所を開き、陸軍省に出入りしたり米も扱った岡田は、やがて明治の高官に広く知遇をもち井上ともつながるようになった。井上も鉱山事業に関心が深かったので、下野後岡田と結びついたのである[8]
  2. ^ 後に記すが先収会社の平の正社員の月給額は15-25円程度が多く、一番月給が安い正社員で7円であるので当時の1円を現代の2万円程度と換算する事は大きくは外れていないと思われる。もっとも幹部達は数百円単位で報酬を得ていた。[10]
  3. ^ 井上らと絶縁した岡田家も、井上の政治力で手に入れた諸鉱山は再譲渡することになり、尾去沢銅山のみ経営する事になる[15]
  4. ^ この時まで井上に政府復帰の意図が無かったわけではない。明治8年1月には井上の政府復帰が内定していたが尾去沢銅山疑獄事件で復帰が困難になったのである[25]
  5. ^ 吉富簡一は山口の庄屋で長州藩に25000円も貸し付けるほど裕福な豪農出身[39]周布政之助は吉冨の屋敷で切腹した。幕末、井上を担ぎ出して鴻城軍を組織する。明治維新後は大蔵省に出仕するが、実家は廃藩置県のあおりで藩への貸し付けが焼けこげて経済危機に陥っている[39]。先収会社解散後は三井物産には入らず地方政界に入り、山口県議会議長などをへて鴻城立憲政党を結成したりしている。[40]
  6. ^ 益田が明治8年8月から10年7月までの先収会社と三井物産創立期の会社における日々の出来事を記録したもの[50]
  7. ^ 静岡大学情報学部教授などを務めた
  8. ^ 関西学院大学商学部教授

出典

  1. ^ a b 岩崎1987、432頁。
  2. ^ a b c 旧三井物産の創立”. 三井広報委員会. 2014年1月3日閲覧。
  3. ^ 木山2013、103-115頁。
  4. ^ 田村1968、32-49頁。
  5. ^ 三井1980、217-254頁。
  6. ^ 三井物産の歩み”. 三井物産株式会社. 2014年1月3日閲覧。
  7. ^ a b 木山2013、105頁。
  8. ^ a b c 三井1980、218-219頁。
  9. ^ man@bou日本と世界のお金の歴史 雑学コラム 明治時代の「1円」の価値ってどれぐらい?”. 野村ホールディングス、日本経済新聞. 2014年1月3日閲覧。
  10. ^ 木山2013、108-110頁。
  11. ^ 田村1968、35頁。
  12. ^ a b 三井1980、219頁。
  13. ^ 三井1980、223頁。
  14. ^ 田村1968、36-38頁。
  15. ^ a b 田村1968、45頁。
  16. ^ a b c d 田村1968、46頁。
  17. ^ 木山2013、114頁。
  18. ^ 木山2013、106,115頁。
  19. ^ 木山2013、113-115頁。
  20. ^ 木山2013、109-117頁。
  21. ^ a b c 三井1980、220頁。
  22. ^ a b c 田村1968、54頁。
  23. ^ 田村1968、52-53頁。
  24. ^ 田村1968、53-54頁。
  25. ^ 三井1980、220-221頁。
  26. ^ a b c 木山2013、107頁。
  27. ^ a b 三井1980、221頁。
  28. ^ 三井1980、223頁。
  29. ^ 三井1980、244-245頁。
  30. ^ a b c d 三井1980、251頁。
  31. ^ 木山2013、112頁。
  32. ^ 田村1968、46-49頁。
  33. ^ 田村1968、57頁。
  34. ^ 田村1968、59頁。
  35. ^ 田村1975、87-93頁。
  36. ^ 木山2003、294-299頁。
  37. ^ 西川2012、3頁。
  38. ^ 西川2012、4頁。
  39. ^ a b 田村1968、42頁。
  40. ^ 吉冨簡一”. kotobank. 2014年1月9日閲覧。
  41. ^ 木村正幹”. kotobank. 2014年1月9日閲覧。
  42. ^ 馬越恭平”. 三井史を彩る人々. 三井広報委員会. 2014年1月9日閲覧。
  43. ^ a b 木山2013、115頁。
  44. ^ 木山2013、116頁。
  45. ^ 三井1980、250頁。
  46. ^ 木山2013、116-117頁。
  47. ^ 木山2013、117-119頁。
  48. ^ 三井1980、245頁。
  49. ^ 三井1980、217頁。
  50. ^ 安岡1996、255頁。
  51. ^ 木山2013、110頁。
  52. ^ 三井文庫―所蔵資料の概要”. 三井文庫. 2014年1月9日閲覧。
  53. ^ 木山2013、113頁。


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