世界大戦・共和国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/24 09:49 UTC 版)
「グスタフ・シュトレーゼマン」の記事における「世界大戦・共和国」の解説
その後しばらく実業界に身を投じてアメリカ合衆国やカナダに外遊するが、1914年に帝国議会議員に再選し、政界復帰を果たしている。政治的立場としてはリベラル保守に属するものの君主制の支持者でもあり、ドイツ植民地協会やドイツ・アメリカ貿易協会に属していた彼はドイツ帝国の拡張政策には概ね支持の姿勢を通し、第一次世界大戦や無制限潜水艦作戦にも賛成している。大戦中の1917年、副党首に就任。国民自由党と進歩党の合同に腐心するが失敗に終わる。 1918年のドイツ革命後はドイツ民主党・中央党に参画しようとするも拒絶される。結局、国民自由党の右派を糾合する形でドイツ人民党を結成する。その党是として「世界におけるドイツの威信回復」を掲げ、市場主義経済を信奉し社会民主党に対しては批判的な姿勢を保ちながらも、ヴァイマル共和政自体は否定しなかった。1920年の総選挙で彼の党はやや議席を増やし、フェーレンバッハ内閣の連立に加わった。グスタフは党議員団長を務め、議会の外交委員会委員長に就任。彼は現実主義外交を提唱した。
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