ラップランド方面
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 19:43 UTC 版)
詳細は「銀狐作戦」を参照 6月22日に、ノルウェー駐留軍山岳軍団の2個師団はフィンランド側の諒解のもと、ノルウェー極北のキルケネスからペツァモ地区へ平和的に進駐した(トナカイ作戦)。6月29日に、ドイツ軍は白金狐作戦を開始し、山岳軍団の2個師団はペツァモからムルマンスクの攻略を目指してソ連国境を越えた。しかし、約25km進んだリスタ川でソ連軍の抵抗により進撃は停止した。合わせて3回の総攻撃を行ったが、リスタ川のソ連軍防衛線を破ることはできず、冬が到来する前の9月中旬に作戦は打ち切りとなった。この作戦でドイツ軍は、1個師団相当を失う大損害を出した。 ドイツ軍はさらに南方で、XXXVI軍団がケミヤルヴィ→カンダラクシャ→ムルマンスク、フィンランドIII軍団がクーサモ→ルウキを目指す北極狐作戦を並行して進めていた。XXXVI軍団の攻勢は、9月中旬にはカンダラクシャの手前約50kmで兵力不足により停止した。フィンランドIII軍団の進撃は、10月中旬にはルウキまで約30kmの地点まで進んだが、アメリカ合衆国からの外交圧力よりフィンランドIII軍団は進撃を停止し、攻撃を再開しようとはしなかった。OKWは当時、ドイツ軍がヴィヤズマ周辺で大勝利して対ソ戦争の勝利が近いと思われたので、10月10日の総統指令37号の中でラップランドでの一切の攻勢作戦の中止を命じ、11月15日に北極狐作戦も打ち切りとなった。 結局、ラップランドのドイツ軍は、戦略目標であったムルマンスク攻略とムルマンスク鉄道の遮断のどちらも達成できなかった。
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