マーガレット・オブ・アンジューとの結婚
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「ヘンリー6世 (イングランド王)」の記事における「マーガレット・オブ・アンジューとの結婚」の解説
ボーフォート枢機卿とサフォーク伯はフランスとの平和を求める最善の道は、シャルル7世の王妃マリー・ダンジューの姪にあたるマーガレット・オブ・アンジューとの結婚であると国王に説いた。ヘンリー6世はマーガレットが驚くほど美しいとの報告を受けた時にはとりわけ結婚への同意を示し、1444年にサフォーク伯をシャルル7世のもとに派遣した。シャルル7世はフランス側からは持参金を提供せず、代わりにイングランドからマリーの弟でマーガレットの父ルネ・ダンジューへ、メーヌとアンジューを割譲されるとの条件で結婚に同意していた。これらの条件はトゥール条約で同意されたが、メーヌとアンジューの割譲はイングランド議会には秘密にされた。イングランド臣民から大きく不興を買うことが明らかだったからである。結婚は1445年に行われた。 ヘンリー6世は、メーヌとアンジューの割譲が不評でグロスター・ヨークの両公爵から反対されることが分かっていたため、その実行をためらっていた。だがマーガレットは国王にやり通すように仕向けた。1446年に条約が公になると案の定不評で、民衆の怒りはサフォーク伯に向けられたが、国王と王妃は彼を擁護した。
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